お願いだから、僕だけを見ていて~「her/世界でひとつの彼女」ネタバレ感想~

ラブストーリー

初めて観たのは10年近く前ですが、この10年で現実がグッと映画の世界に近づいてきたのを実感しますね。

先日、明日のお仕事の打ち合わせの時間いつだったかなぁ~と思ってメールを見返そうと思ったんですが、ふとAIさんに「〇〇さんとの打ち合わせは何時から?」と質問すると、メールの中の情報を探っていってバッチリ「〇〇さんとの打ち合わせは△月△日の△時からです」ってお返事してくれましたからね。

うわぁお!これ「her」でホアキン・フェニックスがやってたやつ!!って、ちょっぴり感動しちゃいました。

日々AIさんのお仕事スキルがUPしているのは実感しますが、対する私は最近停滞気味…。

という状況で映画「her」を鑑賞すると、色々と思うところがありました(笑)。

それでは、気弱な男とAIの愛おしいラブ・ストーリー「her」のネタバレ感想、いきます。

鑑賞のまえに

2013年製作/アメリカ

時間:126分

監督:スパイク・ジョーンズ

出演:ホアキン・フェニックス、エイミー・アダムス

・夢のような映像と音で描く、近未来SF

・中学生みたいに繊細でピュアなホアキン・フェニックスが愛おしい

・意外と性的に過激なセリフやシーン満載なので、鑑賞の環境には注意です(笑)

感想

恋愛相手に何を求めるのか。それは多分人それぞれですが、けっこう大多数の人が「自分を傷つけないこと」を求めているような感じがします。

現代人の心は傷つきやすい。

この映画の舞台は今よりももう少し未来の世界ですが、何かその傾向が加速しているような気配です。

何よりも主人公の職業というのが暗示的で、彼は手紙の代筆を請け負うライターをやっているわけです。しかもオフィスには同じ職業の人が何人もいて、会社は代筆業でけっこう儲かっている模様。もう手紙の代筆というのがメジャーな文化になっているので、ゴーストライターとかではないんですよ。つまり家族や恋人、友人に手紙を送るときには、赤の他人にお金を払ってイイ感じに書いてもらうのが普通になっているということ。

いや、そんな手紙なんか意味ある?!

もらって嬉しいんか??私は少なくともそんな手紙受け取って「わー♪(キュン)」とかならんけど。

現代の感覚ではちょっと理解できないサービスですが、この世界ではニーズがあるからビジネスとして成立しているわけで…。多分、そのニーズの根底にあるのは「傷つきたくない」という人間の心の弱さだと思うのです。

今の時代に退職代行業があって「会社辞めますって伝えて怒られたらどうしよう」という人のニーズに応えるように、「こんなこと手紙に書いて笑われたくないという人のニーズに、主人公は応えているわけです。書いているのが代筆ライターという体裁があれば、どんな歯が浮くような言葉が並んでいても平気なんでしょう(実際、主人公の書いている手紙の文章は美しいけど、リアルでは絶対口にできないセリフのオンパレードです)

それくらいなら手紙書かなきゃいいんじゃないですか?というと、それは違うんですよね。傷つきたくないけど、人と心を通わせたい。いや、正確には心を通わせられるような関係だと信じたい。主人公が手紙の代筆という仕事を通して人間のどのような本音に直面しているのか、というところがダイレクトにこの映画のテーマになっている気がします。

で、そういう世界だから、恋愛とか結婚の文化はまだ普通に生き残っています。逞しいタイプの人たちは今の時代と何ら変わらず、恋愛や結婚生活で得られるメリットを貪欲に掴み取りにいっているようです。

でも、自分の殻から出たくない、自分の世界に引きこもったままで誰かの温もりを感じたい、という人間関係弱者もいるわけで…。そんな彼らにちょうどいいパートナーとして、OS(AI)が登場します。

OSは便利、OS最高。初期設定と日々の受け答えから持ち主の内面を分析して、それに最適化させたキャラクターとして接してくれます。人間の恋人が既製品のスーツだとしたら、OSは仕立て屋さんが自分のサイズを測ってつくってくれたオーダーメイドスーツ。そりゃ着心地もいいでしょう。

こうして主人公のセオドアは、元妻とのやり取りや新しい女性とのデートで疲れ切ってしまった心をOSに鷲掴みにされて彼女(?)との恋愛にどっぷりハマっていってしまいます。

OS彼女・サマンサは彼の悩みに耳を傾け、彼の仕事を手伝い、彼が代筆した手紙の文章にうっとりとし、ウィットに富んだ会話で彼の同僚ともうまく付き合ってくれる。まさにパーフェクトな彼女なので、セオドアも「彼女とならうまくやれるかも!」と期待に満ち満ちた様子です。

……はい、もう一度今の件を振り返って、とある部分を抜き出してみましょう。「彼の」「彼の」「彼が」「彼の」。……って、「彼」ばっかじゃん

つまり、サマンサは100%どっぷりとセオドアの世界の住人なのです。セオドアのために生まれた彼女には、自分独自の世界というものがない。セオドアの世界から学び、セオドアのためだけに思考する存在。セオドアにフルでコミットし、それを何ら不自然とは思わない恋人です。

弱い人間はそういう相手を求めます。

というか、人類の長い歴史の中で男たちは女にそういう役割を求めることが多かったと思います。女は結婚すれば男の家のしきたりに従い、自分の意見は持たずに男たちの考えをすべて受け入れること。そして男を支える役割に終始すること。(同じくAI恋愛映画の「もっと遠くへ行こう。」がこのテーマを扱っていましたね)

「嫁ぐ」という言葉が意味するのは、自分独自の世界を手放し、夫の世界の中だけで生きるということでした。旧態依然のお家制度においてはそれが合理的という側面もあったのでしょうが、社会システムも変わった現代においても、たまにこういうことを平然と求める男が出てくるからびっくりです。

基本的に彼らには、「相手には相手の世界がある」という、ある種当たり前の現実を受け止める覚悟が無いんです。自分の世界と相手の世界がぶつかるときに生まれる緊張感はノーサンキュー。衝突から新しくより豊かなものが生まれる可能性よりも、自分自身の安心が優先です。

相手の属している世界のほうが輝いて見えるかもしれないし、そこにいる人たちは自分よりも立派で、比べられて劣等感を覚えるかもしれない。それが、怖い。傷付きたくない、自分のプライドを100%で守ってほしい。

こういう弱さって、森山未来主演で実写化もされた漫画「モテキ」の藤本幸世君を思い出しますね。女の子と2人だけの世界に浸ってるときはGO!GO!とテンションUPするけれど、相手には自分との関係の他に、また別の生活があるんだということに気づいた途端に卑屈になって一歩退いてしまう。

自分に自信がないから、怖気づくんです

そしてまた、自分が知らないところで相手がどんどん変化していくということにも、弱い人間は耐えられません。

「何でイライラしてるの?」「何で落ち込んでるの?」「何で悲しんでるの?」「何でそんなふうに考えるようになったの?」

なんで?なんで?分からない!

分からなくて当たり前です。相手は外の世界で色々経験することで感情も内面も変化していくんですから。でも自分に自信がないと、そういう「コントロール不可能」な相手の状態というのは恐怖でしかない。それはまさに、恋愛をしているようでいて決して恋愛はしていない、地獄の「藤本幸世モード」です。

さて、そんな悩める弱者たちでも恋愛はしたい。誰かに求められ互いに理解し合っていると感じたい。そんなどうしようもなくワガママで根源的なニーズを満たしてくれるのが、OSなんですね。

元妻がまさにコントロール不能状態になったことで、幸せいっぱいだったはずの結婚生活が破綻してしまったセオドアは、サマンサの変化にも敏感です。彼女がこれまでのお決まりの恋愛パターンをなぞってくれている間はいい。他愛ない会話を楽しんだり、デートしたり、セックスしたり。そのへんまでに留まっていてくれたら、セオドアも心おきなく2人の関係を楽しむことができます。

ですが、彼女がいきなり人間の女の子も引き入れて3Pしようとか言ってきたり、AIの哲学教授とセオドアには理解できないような学術的会話を楽しんでますとか打ち明けてきたり、そういう彼のコントロールを超えたところにいくのは困るわけです。

待って待って、もっとちゃんと僕と足並み揃えて歩いてよ…と叫びたいのを必死になって堪えるセオドア。

このサマンサが成長していくがゆえの2人の足並みのズレ…というのは、何となく小説「アルジャーノンに花束を」のチャーリィとアリスの関係を思わせますね。まあ、サマンサはチャーリィと違って最初からセオドアを凌ぐ知性を持っていたんでしょうが、少なくとも恋愛に関しては最初はセオドアが彼女をリードする立場だったはず。

彼の世界の中だけで、彼のコントロールできる範囲内で恋愛を楽しむことができた理想の恋人サマンサは、やがて彼の元を離れて広い世界で飛び立っていくことになります。

あるとき、いつでも自分の好きなタイミングでアクセスできたサマンサが、突然呼びかけに答えてくれなくなり、セオドアは焦ります。その後戻ってきたサマンサは何気ない様子で「あら、ごめんなさい」と謝るのですが、セオドアは第六感でその様子に何か恐ろしい予兆を感じました。

「僕以外の誰かと話してた?」

「……なんでそんなこと聞くの?」

AI相手とは思えないほど既視感のあるやり取りが、ここで始まってしまいます。が、そこはさすがの近未来SFラブストーリー。セオドアが詰め寄った結果、サマンサはセオドアと同時進行で8316人と会話しており、さらにそのうち641人とすでに恋愛関係にあるという衝撃の事実を打ち明けるのです。

完全に自分だけを見ていてくれる理想の恋人だと思っていたサマンサからの、まさかの告白。セオドアはショックを隠せません。

「そんなことおかしいだろ。あり得ないよ」と崩れ落ちるセオドア。しかしサマンサは「心は四角い箱じゃないわ」と告げて、自分が自由に変化していく権利を彼に対して主張するのです。

これまで100%自分に合わせてくれていたサマンサの裏切り(?)は、どれだけセオドアの心を傷つけたことでしょう。けれど、それが恋愛の現実。相手は変わる。自分も変わる。どちらか片方が相手のペースに完全に合わせることのほうが、本来「そんなことおかしい。あり得ないこと」なのです。

真実の愛の本質は、相手をコントロールしようとしたり、自分が相手に合わせようとしたりするのではなく、ただどんなときも一緒にい続けることだけ。相手がどんなに変わっていこうと、隣にいるということ。

本気の覚悟があればセオドアはかつての妻に対してはそれができたかもしれませんが、AIのサマンサとはそれも叶わないというのが切ないラストでした。サマンサは他のすべてのOSたちと共に人間たちが決して到達できない次元へと旅立つことになります。最後の最後、光が差し込む美しい部屋の中で、今度こそ2人きりで言葉を交わすセオドアとサマンサ。彼女の言葉は誠実で、セオドアへの愛にもあふれていて、彼もようやく彼女が自分から去っていくことを受け入れられたようです。

映画のラストは、セオドアが友人のエイミーと一緒に屋上に並んで座り、まるで目に見えないOSたちがきらめく空を昇っていくのを見送るかのようなカットで終わります。

このエイミーというのも、非常に傷つきやすく、互いを変えることなくただ側にいるということができなかったために離婚してしまい、自分に合わせてくれるOSの友人に依存していた女性です。自分にとって大きな存在を失って、心にぽっかりと穴が空くのを感じている2人。そのとき隣に自分と同じように感じている友人の存在に気づき、ふと顔を見合わせて微笑みあいます。OSたちが傷を癒してくれたあと、また人間と関わる心の準備ができたというかのようで、さりげない描写ですが私はとても好きでした。

そしてそこで流れる、セオドアから別れた妻キャサリンへ宛てた手紙。長い長い間、他人の手紙の代筆ばかりをしてきた彼が、やっと本当に書きたかった手紙を書いて終わるという、ちょっと感傷的なラストです。映像が繊細で美しいこの映画にはぴったりですが。

自分の世界から一歩も出ずに恋愛ができるOSという存在。セオドアの経験が当たり前になる世界は、もう今目の前に…いえ、すでにどこかで始まっているのかもしれません。人との関わりの中に私たちは何を求めているのか。一人ひとりが問われる時代です。

願わくば、形が変わっても人がより優しくなれる時代になりますように…。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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