僕たちがアウトローになった理由~「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」感想~

アドベンチャー

めちゃくちゃ好きな映画です。

ひいきの役者さんとか、華やかなファッションとか、深淵なテーマとか、斬新なアートとか…普段の私が心惹かれるそれらの要素はほとんど無いわけですが。

「夏空」「帆を張った筏」「友情」「大冒険」「夢の目的地」

もうね、これだけ揃ってたら他には何も要らない、実際のところ。

シンプルでいいんです。これまで散々語りつくされてきたような物語でもいい。

王道が一番なんです。映画って。

のび太が夏休みに大冒険する、ドラえもんの長編映画みたいなものです。

「ドラえもぉぉーん!!」っていう始まり方、ワクワクしますよね。

私はこの映画のポスター画像(主要キャラ3人が筏に乗って旅をしているところ)を見ただけで、のび太のあの叫び声が聞こえてくるような気がします。

というわけで、いくつになってもドラえもん映画が大好きな大人たちにおすすめ、最高の冒険映画「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」の感想、いきます。(今回はネタバレしていないので、未見の方もぜひ参考にしてください!)

鑑賞のまえに

2019年製作/アメリカ

時間:97分

監督:タイラー・ニルソン&マイケル・シュワルツ

出演:シャイア・ラブーフ、ザック・ゴッツァーゲン、他

・マーク・トウェイン風のアメリカ的冒険ストーリー、筏で川下り最高だね!

・ダウン症の青年と粗野な漁師の凸凹コンビが楽しい、バディものです

・ラストも明るい雰囲気なので「何か良い映画観た~い」という層全般におすすめできます

あらすじ

カニ漁の漁師だったタイラーは、ライセンスを所有していた兄が死んだことで、漁業権をはく奪されてしまいます。兄の死から未だ立ち直れず、一変してしまった生活に鬱屈とした思いを抱え、自分たちに替わってカニ漁を始めた漁師と度々トラブルを起こしていました。

ある日、漁師たちから痛めつけられた腹いせに、彼らがカニ漁に使う籠にガソリンをかけて火を放ったタイラー。指名手配されることになり、漁師たちからも追われるタイラーは、ボートに乗って逃亡しました。追い詰められて水辺の草の中で息をひそめていたとき、彼はボートの中で何かが動くのに気づきます。そこに隠れていたのはザックというダウン症の青年で、彼もまた施設から逃亡してきたと言います。

ザックが目指すのは、伝説のプロレスラー“ソルト・ウォーター・レック”が運営するプロレス学校。そこでプロレスの技を鍛えてプロレスラーになるのが夢だと語るザック。無一文で世間知らずのザックに、タイラーは呆れながらも付いていくことになりますが、2人の道中には様々な冒険が待ち受けていて…

感想

この映画の主人公2人、ザックとタイラーはアウトローです。

といっても、彼らは好んでルールを逸脱した生き方をしているわけではありません。彼らは“自分たちの当然の権利”と思っているものを主張したことで、周囲の人たちから厄介者とみなされて、社会からつま弾きにされてしまいます。

まずザックにはダウン症という生まれながらのハンディキャップがありました。誰かにお世話されなくてはいけない存在だからと、何故かお年寄りだらけの高齢者施設で暮らすことを強要されます。

当然ザックは「僕は老人じゃない」と訴えていましたが、現在ザックを受け入れられる適切な施設が他にないため「仕方ないんだから文句を言うな」と言われて、取り合ってもらえません。映画はザックがそれに反発を覚えて脱走するところからスタートします。

ザックは「自分の居場所はここじゃない」と思っているからこそ逃げ出したのですが、この社会はダウン症のザックが自由に好きな場所に行こうとすることを許しません。施設の人間は事が大きくなる前にザックを捕まえようと、彼と仲の良かった女性スタッフを捜索に出しました。

もう1人のタイラーの事情はもう少し複雑です。

彼は以前は兄と一緒に漁をして幸せに暮らしていましたが、カニ漁のライセンスを保有していた兄が死んだことにより、その権利が他の漁師に渡ってしまいました。以後タイラーは漁をすることができなくなってしまい、大好きだった兄とかつての生活の両方を失ってしまったのです。

兄の代わりにカニ漁を始めた漁師たちに何度「兄貴が死んだ今、お前にはもう漁をする権利が無いんだよ!」と罵られても、タイラーはその現実を受け入れられません。ずっと兄と漁をして暮らしてきたんだから、1人になってもその暮らしを続けるんだと意地になり、漁師たちの獲物を盗むなど、次第に揉め事を起こすようになりました。

そしてあるとき、漁師たちとの争いが原因となって、タイラーは彼らの大切な商売道具であるカニ漁の網籠に火を放って、ついに法の一線を超えてしまいます。荒くれ者揃いの漁師の世界でも放火は普通に犯罪なので、タイラーはすぐに指名手配されます。

お尋ね者同士として、お互いの逃亡途中に出会ったタイラーとザック。最初はザックとのやり取りに調子を狂わされていたタイラーですが、自分の夢に真っすぐで素直なザックを次第に好ましく感じるようになります。

ザックの夢は、プロレスのヒールになるために、憧れのレスラー“ソルト・ウォーター・レック”のプロレス学校に入ること。無理やり押し込められていた高齢者施設で、彼はソルト・ウォーター・レックが入門を呼びかける古いビデオを心の支えにしていたのです。

こいつ、本当にプロレスラーになれると思ってるのか?

こんなにチビで、ダウン症なのに?

と、半信半疑の様子だったタイラー。

でも周りに「いや、無理だろ。目を覚ませよ」と言われるような夢にすがりついてガムシャラな姿は、誰かに重なるところがあります。

そう、もうカニ漁のライセンスを奪われてしまったのに、社会のルールに反してでも無理やり昔の生活を続けようと足掻いていたタイラー自身です。

ダウン症なんだから、施設でお年寄りに囲まれて暮らしなさい。

お兄さんが死んでライセンスが無くなったんだから、もう昔の生活は忘れなさい。

彼ら2人は、自分たちには到底納得できない理由で、社会から何かを強要されています。

タイラーは世の中の仕組みを理解しているので、それに従わざるを得ないと頭では分かっていて、無力感や惨めさを感じていました。

それに対して、同じ境遇のはずのザックは実に明るく堂々としているのです。

プロレス学校への行き方も分かっていないし、1セントも持っていないけれど(何ならパンツ一枚で服すら着ていないけど)、ザックには何の恐れもないように見えます。「俺はソルト・ウォーター・レックのプロレス学校に入って、レスラーになるんだ!」と夢を語るザックは幸せそうです。

タイラーはきっと、そんなザックと一緒にいるときは自分のこともちょっと肯定できるように感じたんじゃないでしょうか

同じアウトローでも、ザックは明るいアウトロー。社会に受け入れられなくても、大声でプロレスラーになるという夢を語り続けるのです。

ザックの夢は、ライセンスと共に尊厳も奪われて、まるで負け犬のように感じさせられていたタイラーにとっても心の慰めになりました。

タイラーは次第にザックの夢を本気で応援するようになっていきます。タイラーは相棒としてザックを守りながら、同時に自分の中の純粋なもの、傷つきやすいものを守っているのです。

一緒に旅をしていたある夜、ザックに「俺はプロレスラーになって悪玉になる」と聞かされて、タイラーは「なんで悪玉なんだ?」と尋ねます。

それに対して「家族に捨てられたから」「俺はダウン症だから、ヒーローなんて無理だよ」と答えるザック。

明るく無邪気に夢を追い続けているように見えるザックも、実は彼なりに自分が社会から拒絶されているという現実を重く受け止めていました。

そんなザックに対してタイラーは力強く語りかけます。

「お前は悪くない」

「人間の善悪は魂で決まる。お前は善玉だ。それは変えられない」

タイラー自身は、過去の罪から自分の魂が善だということに疑いを持っています。だからこそ、同じアウトローでありながら、その存在が完全に善だと信じられるザックに付いていこうとしたのかもしれません。ザックと共に行動すれば、自分も陽のあたる世界を歩いていると感じられたのでしょう。

タイラーがザックを励まし、ザックがタイラーを癒し、2人の旅は続いていきます。

この映画の見所は、その道中の色々な冒険シーン(川を渡ろうとして船に轢かれそうになったり、森の奥でクレイジーな老人から洗礼を受けたり、たき火の周りで裸でパーティーしたり)です。他の人間たちに囲まれているときには、いつも背中を丸めて不貞腐れたような表情をしていたタイラーとザックが、2人だけの冒険の世界ではイキイキと輝いて見えます

「こいつだけは自分のことを分かってくれる」と思える相手と、こんな風に旅ができたら楽しいんでしょうね。こういう状態を「本当の自分でいられる」って言うんでしょうか。タイラーの年齢になって、そんな友達と巡り合えるのは幸運だと思います。

この旅には途中で、施設からザックのことを探しにきたエレノアという女性キャラも加わります。エレノアは2人のようなはぐれ者ではなく、規則に従って真面目に働く人間です。それでいてトラブルを起こすザックに深い愛情を注ぎ、タイラーとも心を通わせることができます。

言うなればエレノアは弾き出されてしまった2人と社会とを繋ぐ、橋渡しのような存在。2人がどうしてアウトローになってしまったのか、その理由に真剣に耳を傾け、共感し、正しい方向へと向かうように、彼らと寄り添って歩いて行きます。

一方的に強要するばかりでなく、タイラーやザックのような人間たちの感情をしっかりと受け止めて、同じ目線で解決策を考えてくれる存在も、この社会には絶対に必要でしょう。エレノアが旅の仲間になったことで、タイラーとザックのハチャメチャな旅が、どことなく落ち着いて優しい色調に変わったのが印象的でした。

こうして3人はお互いへの理解を深めながら、ザックが夢に見た“ソルト・ウォーター・レックのプロレス学校”という旅の最終目的地へ近づいていきます。ザックの夢は叶うのか。その後の展開は、ぜひ映画本編を観て確かめてみてください。

「リトル・ミス・サンシャイン」のプロデューサー陣が製作しているというだけあって、最後まで本当にハートフルで余韻のある映画になっています。

ピーナッツバター大好きな私としては、ザックの裸にピーナッツバターをべたべたに塗るシーンは確実に食欲減退させられてしまうんですが…それでも何故かまた観てしまうんですよね。笑

ラストも好きなのでネタバレで感想を書きたかったんですが、好き過ぎて、あのエンディングに余計なことを言いたくない…と思ってしまう。(「リトル・ミス・サンシャイン」も同じ理由で感想が書けない!)

周りにうまく馴染めなくて劣等感を抱いてしまう、という人には特におすすめかもしれません。はぐれ者にもきっと居場所があるし、理解者がいるし、幸せな生き方があると思わせてくれます。

あるいは、アウトローになるのが怖くて無理して周りに合わせている人たちにも…

皆色んな思いを抱えて生きていますが、ザックのひたむきさは誰の心にも癒しを与えてくれるはずです。

「君は俺の誕生日パーティーに呼んであげるよ」と言われたら、嬉しくなっちゃうんですよね。笑

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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