文学おじいちゃんと魅力的な隣人たち~「ボヴァリー夫人とパン屋」ネタバレ感想~

コメディ

文学おじいちゃんと魅力的な隣人たち~「ボヴァリー夫人とパン屋」ネタバレ感想~

なんでこんなに好きなのか分からんけどめっちゃ好き、という映画がいくつかありますが…この「ボヴァリー夫人とパン屋」は私の中でその筆頭です。

ほんとに何が良いのか、これから感想を書こうとしている今でもよくわかってないんですよ。笑

でも時々ふいに思い立って、ついまた観たくなる。

役者さんが魅力的だから?それもあります。(主演のジェマ・アータートンは色っぽくて可愛いすぎです!女はぽっちゃり体型でも美しくなれるというのを体現してくれてて最高)

文学作品を絡めた映画、というのが西洋文学好きの私にとって惹かれるのも事実。

でも一番は私が文学的ストーカーおじいちゃんのマルタンに、ちょっと共感できる部分があるからだと思います。笑

子どもの頃本ばっかり読んでた、という方はぜひ観てみてください。「うんうん、確かに俺らの見てる世界ってこんな感じ……って、客観的に見るとただの変態や!」っていうパラダイムシフトが味わえるかもよ?

言い換えれば「本をいっぱい読んでると、隣近所の普通の人間ドラマがこんなに美しく見えるんだ」という、ある意味で大変教育的な映画でもあります。

何故か官能系にジャンル分けされてるっぽいけど、本編はそんなにセクシーじゃないから女性も安心して観てくださいね♪(純文学のほうがよっぽどエロいよ!)

それではネタバレ感想、いきます。

鑑賞のまえに

2014年製作/フランス

時間:99分

監督:アンヌ・フォンテーヌ

出演:ジェマ・アータートン、ファブリス・ルキーニ

・主演のジェマ・アータートンの魅力を味わい尽くす99分間。素敵!と思ったら「ビザンチウム」や「テス」も観てみてください(「キングスマン」では武闘派のメイドさんもやってます)

・西洋文学「ボヴァリー夫人」をなぞるようなストーリー展開なので、文学好きにも嬉しい

・元ネタに従いハッピーエンドとは言えませんが、フランス映画らしい軽やかさがあって明るい雰囲気です

あらすじ

「ボヴァリー夫人」を愛読するパン屋のマルタン。ロマンティックで空想壁があり、都会の出版社を辞めて退屈な田舎町に引っ越してから、心密かに日々の暮らしに失望を感じていました。そんなある日、彼の近所に越してきたイギリス人夫婦と知り合いになったマルタンは驚きます。なんと妻の名前はジェマ・ボヴァリー。美しい容貌や田舎町に退屈するような様子も小説の主人公と重なり、マルタンはジェマの動向から目が離せなくなります。

そんなあるとき、近隣の豪邸に1人の青年がやってきました。試験勉強に集中するために田舎の別荘にやってきたという彼は、邸の前で蜂に刺されて意識を失ってしまったジェマを助け、2人は知り合いになります。次第に惹かれ合っていく2人。マルタンは小説「ボヴァリー夫人」の展開を思い出して、その危うい関係をハラハラしながら見守ることになりますが…

感想

まず大事な前提として、この映画の主人公のおじいちゃんは、客観的に見るとただの変態ストーカーです。笑

お巡りさんに叱られないギリギリのラインを攻めているところがいいね!

ご近所に色っぽい人妻が越してきて、その名前や生活が文学作品「ボヴァリー夫人」を想起させることから、彼女に異常に執着しています。

何で執着するかっていうと、おじいちゃん自身が本読みで「ボヴァリー夫人」好きで、出版社勤めの経験もあって「教養のある俺だけが彼女の真の美を理解している!」という考えがあるからですね。

彼女は特別。そしてそれを理解できる俺も特別」みたいな。

ね?すごくストーカーっぽい思考でしょ?笑

でも老人と人妻だから「きもっ」ってなるだけで、10代の少年・少女の場合だったら、相手に幻想を抱いてこの状態にならないと、そもそもラブストーリーが始まらないからね。

おじいちゃんも自分のことは感受性豊かな文学青年みたいな感覚のままでいると思います。

人間はやっぱり自分を客観的に見れないとダメってことですか。

妻には「若い女に鼻の下のばして」と罵られ、ボヴァリー夫人ことジェマからも「私は小説の登場人物じゃないから(ちょっと頭冷やせ、ジジイ)」と釘を刺されますが、それでも止まらないマルタンの妄想癖は筋金入りです。

出版社を辞めて地元に戻ってきたマルタンはそこで小さなパン屋を営んでいました。周囲の人々ともうまく付き合っていて、お店もぼちぼち繁盛している様子。でもマルタン自身は何か満たされないものを感じていたのです。

そもそも出版社を辞めたのも、大好きな文芸作品には全然関われなくて、ずっと退屈な仕事をしていたからのようで、彼はいつも自分の理想とするロマンティックな人生を追い求め、それを得られずにやるせなさを感じていたのでしょう。

そこに現れたのが、現代版ボヴァリー夫人(のようにマルタンには映る)ともいうべきジェマ。

やっと俺の人生でも特別な物語が始まったんだ!」とハッスルしちゃったんでしょうね。

痛い…痛々しいよ、おじいちゃん。

と、さっきから否定的な風に書いていますが、私は完全にマルタン寄りの人間です。

さすがに一方的に異性に執着することはありませんが、やっぱりマルタンのように自分が読んできた物語を通して世界を見ています。「これってまるであのシーンみたい」「この人はあのキャラクターと同じタイプだな」みたいな。

逆に疑問なんですが、あまり本読まなかったり映画観なかったりする人って、どういう風にこの世界を見ているんでしょう?自分の人生にも他人にも勝手なイメージを抱くことなく、ありのままの姿を見てるんでしょうか?

本当にアシタカみたいな曇りなき眼ですべての事物を見極めてるとしたら…羨ましいなと思います。もう色んなものに影響されてしまって目が曇りまくってますからね、私は。現実に知り合った人以上に大勢のフィクションの登場人物たちを見てきたせいで、ありのままのその人を見ることがすごく難しいです。

だからマルタンおじいちゃんの暴走は、笑えるようで笑えない。その「自分の見ている世界が絶対!」という、ある種の傲慢さは私にも心当たりがあるところです。

ジェマは本当にフランスの田舎町の暮らしに失望していたの?

引っ越したばかりでホームシックだったかもしれないけど、彼女なりに楽しもうとしていたんじゃないの?

本当にジェマの結婚生活は冷え切ってたの?真面目な夫に飽き飽きしていたの?

確かにジェマが不倫した時点で結婚生活はもう破綻寸前だったかもしれないけど、夫と彼女の間にはまだ愛があったんじゃないの?

マルタンにはジェマと昔の恋人との経緯は見えてないよね?

それも今のジェマをつくる重要な要素だし、もちろん他にもリアルのジェマを形作る色々な背景があるのに、そういうのは丸っと無視して「だってボヴァリー夫人はこうだから」で決めつけちゃうの?

ボヴァリー夫人はヒ素を飲んで自殺する。だからジェマをヒ素から遠ざけないと!って…

ジェマは小説の主人公とはまったく違った道を、自分の力で新しい人生を生きる努力をしようとしていたんですけど?

てゆーか最後にジェマを殺したのは、あんたが作ったガサガサのパンなんですけど?

そう、ジェマは不倫相手や昔の恋人との関係を精算して夫に許しを乞い、人生をやり直そうとしていました。現代の自立した女性らしく、追い詰められても意志の力で果敢に乗り越えようとしていたはずです。

しかし運悪く、マルタンが想いを込めて届けたパンを口にしたとき、それが喉につまって窒息してしまいます。愛するジェマを失い、後に残された男たちは茫然として立ち尽くすしかありませんでした。

結局ジェマ・ボヴァリーとは、どんな女性だったのでしょうか?

彼女がこのフランスの田舎町やそこに住む人々、不倫相手の青年、昔の恋人、夫、に対してどう思っていたのか。本当のところは誰にも分かりません。

ただ男たちにとって、彼女は非常に魅力的な女性だったということだけ。ボヴァリー夫人に似ていようと似ていまいと、です。

さて、ジェマの内面は神秘に包まれたままですが、私たち観客はこの映画の中で確かにボヴァリー夫人にそっくりな人物を見つけることができます。

ロマンティストで夢見がち、田舎社会に幻滅し、自分より凡庸だと感じている配偶者とも心を通わすことができず、突如自分の生活に現れた魅力的な年下に夢中になり、その相手とルーアン大聖堂で待ち合わせ……

そう。お前だよ、ジジイ。

この映画に出てくるボヴァリー夫人は、実はマルタンのことだったんですね。

年甲斐もなくジェマにときめいていたマルタンは、もし万が一にもジェマが想いに応えてくれていたら、かなりの確率でボヴァリー夫人式の既定路線を突き進んでいたんじゃないでしょうか?彼にボヴァリー夫人ほどの性的魅力がなかったことは幸いといえるでしょう。

夢見がちなマルタンは、周囲の人たちに色々な幻想を抱きます。「ボヴァリー夫人」の中の登場人物と重ね合わせて、まるで自分の大好きな小説の世界に入り込んだように…

けれど、そもそも彼がなぜそんなにも「ボヴァリー夫人」が好きかというと、それは自分自身が主人公に共感できるからなのではないでしょうか。

「ボヴァリー夫人」の作者・フロベールが、どうして田舎暮らしの若い女性の心理をこうまでリアルに描写できるのか、モデルはいるのかと尋ねられ「私はボヴァリー夫人です」と答えたように、エンマ・ボヴァリーとは性別に関係なく、理想と現実の生活との狭間で静かに絶望する、すべての人間を代表するキャラクターなのです。

映画の日本語版タイトルは「ボヴァリー夫人とパン屋」ですが、この映画の本質を正確に表現するなら「ボヴァリー夫人はパン屋」ってところでしょうか。

…と、まぁ、こんな知ったかぶって色々書いていますけど、実は一度も「ボヴァリー夫人」読んだことないんですけどね!

若いときに「チャタレイ夫人」を読んでお腹いっぱいになってしまって、何となく同じ系統かなと思った「ボヴァリー夫人」は敬遠してました。でもエズラ・ミラー出演の映画版「ボヴァリー夫人」を観て、ちょっと読んでみたいなとは思ってたんです。

(イギリスの田舎社会の描写は息苦しそうですが)

今の自分の年齢なら、やっとエンマ・ボヴァリーに感情移入することなく冷静に客観的に受け止められるようになっているかなと思います。

若いときに読んでも、年をとってから読んでも、常に新しい発見と喜びがあるのが名作文学です。この映画を観て純文学も面白そうかもと思われた方は、ぜひ図書館などで文学史に残る本を一冊手に取ってみてくださいね。

それがマルタンおじいちゃんのような文学ストーカーへの第一歩です。笑

最後まで読んでいただき、ありがとうございました♪

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