記憶の底には、素晴らしい宝物が眠っている~「ぼくを探しに」ネタバレ感想~

ドラマ

マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」。死ぬまでに一度は読みたいけど、とてもじゃないけど読み終えられる気がしない長編小説です。読了まで一体何か月かかるんだろう…。

内容については全然知らないんですが、噂によると記憶の底に隠されている過去の思い出がテーマになっているとかいないとか…(本当に知らないので間違っていたらごめんなさい)。

冒頭から脱線しましたが、この映画も隠された過去の記憶がテーマになっています。ストーリーはいたってシンプルな一人の青年の成長物語で、ちょっと切なく温かく、フランス映画には珍しい(?)王道なヒューマンドラマです。

長編アニメーション「イリュージョニスト」から、この監督のファンタジックな世界観の虜になってしまったので、1人でも多くの人に観てほしいな~という思いを込めて感想いきます(でもネタバレ)。

鑑賞のまえに

2013年製作/フランス

時間:106分

監督:シルヴァン・ショメ

出演:ギョーム・グイ、アンヌ・ル・二、など

・アニメーション作家として有名な監督による、非現実的で美しい映像

・映画全体に漂うノスタルジックな雰囲気が魅力

・分かりやすいストーリー展開で、エンドロールの後には温かい余韻が残ります

あらすじ

2歳のときに両親を亡くしてから、言葉を話さなくなった青年・ポール。一緒に暮らしている2人の叔母の影響でピアノの演奏をして暮らしていますが、同世代の人間との交流もなく、寂しい日々を送っています。彼の人知れない楽しみは、時々夢で見る両親と過ごした小さい頃の甘い思い出に浸ること。そんなあるとき、同じアパートに住む盲目の老人コエーリョの落としたレコードを届けようと、彼のあとを追ってマダム・プルーストという謎の女性の部屋を訪れます。

マダム・プルーストは自分の庭で育てた秘密の植物の力で、記憶の底に眠る思い出を呼び覚ます手伝いをしていました。ポールも両親のことをもっと思い出したいと、マダム・プルーストの部屋に通うようになりますが…。

感想

人間って、一般的には何歳頃から記憶がはっきり残っているものなんでしょうか?

私は相当ぼんやりした人間らしく、小学校の5、6年生の頃のこともほとんど覚えていません。でも時々、小さい頃の素敵な思い出がフッと蘇ったりしたときには、何ともいえない幸せな気持ちに満たされます。特に明け方に子ども時代の夢をみたとき、目が覚めたときも夢と現実の境界が曖昧で、いつまでもノスタルジーに浸っていられるような…あの余韻が大好きです。

私がこの映画に惹かれるのは、あの明け方の不思議な感覚を映画で追体験できるからかもしれません。

主人公のポールはとても孤独な青年です。

幼い頃に両親を亡くしたショックで言葉を話さなくなり、ピアノの演奏だけを生きがいに2人の叔母とひっそりと暮らしています。ポールに同年代の友人がいないことがはっきり分かるのが、彼の誕生日祝いのシーン。食卓についているのは叔母とご近所のお年寄りだけ。次々に渡される微妙なセンスのプレゼントに戸惑うポールの表情が印象的です。

叔母たちは明るい(騒々しい)性格で、なおかつポールを心から愛しているのですが、彼女たちにはポールの孤独を癒やすことはできません。家で食事をしているときも、叔母たちのダンス教室でピアノを弾いているときも、いつもどこか心ここにあらずな様子のポール。

独りぼっちで寂しいとき、人の心は自分の内側へと向かいます。叔母たちは気づきませんでしたが、ポールは記憶の断片に現れる両親の面影を追い求め、いつも満たされないもどかしい思いを抱えていたのです。「もっとはっきりと過去を思い出すことができれば、記憶の中でいつでも両親に会えるのに」。きっとポールはそう考えていたのでしょう。

そんなあるとき、ポールは同じアパートの全盲の老人コエーリョの落とし物を届けようとして、彼を追ってとある部屋に足を踏み入れます。そこは表向きは普通の部屋ですが、暗くて狭い廊下を奥へと進んでいくと、まばゆい光に溢れ、緑の植物が生い茂る秘密の庭が隠されていたのです(このシーンが「ナルニア国物語」を思わせる演出で童心にかえってワクワクできます!)。

そこはマダム・プルーストという謎の女性の部屋でした。彼女はそこで少数のお客を相手に、自分で調合した非合法の薬によって、埋もれている過去の記憶を蘇らせるという商売をしていました。

ここでマダム・プルーストと彼女の魔法に出会ったポールは、やがて彼女の部屋に通って、幼い日々の思い出の探求の旅へと出かけることになります。

一度に思い出せる記憶はほんの短いものばかり。ベビーベッドを代わる代わる覗く大人たち。浜辺での母や叔母たちとのピクニックなど。ポールの心に蘇る、この幼い頃の記憶の映像がとにかく美しいんです。温かい光に満ちていて、空も砂浜も人々のファッションもあまりに鮮やかな色で、まるでオモチャの世界のよう。夢の中に出てくるママはいつも優しい歌を歌っています。ちょっとワイルドな雰囲気のお父さんもかっこよくて、過ぎ去った家族の幸せな日々に胸が締め付けられます。

最初はただ砂糖菓子のように甘い記憶に浸って、いわば現実逃避を楽しんでいたポールですが、両親の愛をいっぱいに受けていた日のことを思い出した彼は、少しずつ現実の生活にも変化を見せます。同年代のガールフレンドができ、年齢的にも最後のチャンスというピアノのコンクールで見事優勝してみせるのです。

マダム・プルーストはポールが言葉を話さず人に心を開かない理由を、「壊れた蓄音器と一緒で、同じところをグルグル回っているだけ。このままじゃ2歳児のままよ」と話していました。ついでに「あの子に必要なのはコレ」と言って蓄音器を蹴っ飛ばしていましたが、ポールの人生を動かしたのは蹴りではなくて、記憶の底に隠されていた両親との温かい思い出だったのです。

人間は生活の中に何か美しいものを持っていないと、どんなに頑張ろうと思っても頑張れません。このあたりは「長くつ下のピッピ」の作者による絵本「よろこびの木」や、有名なディストピア小説「1984年」でも描かれていて、私が大好きなテーマです。ポールにとっての“美しいもの”は、形がないもの。家族3人幸せいっぱいだった日の思い出。それが突然奪われてしまったために、ちゃんと自分の人生を生きられずに2歳児のままで時だけが過ぎていきました。

記憶の底の宝物を取り戻して、再び動き出したポールの人生。けれど、ここで物語の明るい色彩は翳りを見せます。

ポールの思い出の中の父親はどことなく粗暴な雰囲気が漂う人物でしたが、ポールはマダム・プルーストの庭で見たある夢の中で、父親が母親に暴力をふるっているシーンを目にしてしまいます。あまりに残酷な事実にショックを受けて泣き出すポール。彼はそれ以来過去を知るのが怖くなって、マダム・プルーストの庭に寄り付かなくなってしまいました。

記憶って時間が経つと美化されていくけれど、すべての細部をはっきり思い出したとき、そこで見つけるのは素晴らしい宝物だけとは限りませんよね。マダム・プルーストの魔法にのめり込むと、傷を癒やすために封印していた記憶を呼び起こしてしまうというリスクがあるのでした。

そしてポールが庭から遠ざかっている間に、マダム・プルーストにも大きな試練が訪れていました。ガンの悪化で余命宣告を受けた彼女は、旅に出ることを決意します。ずっと庭での仕事を通して、人々の傷を癒やす、幸せを取り戻す手伝いをしてきた彼女。重苦しい家族の雰囲気の中で、弟を笑顔にしようと必死に道化を演じていたという生い立ちからして、他人に奉仕する人生でした。そんな彼女も、最期の日々は自分らしく自由に生きることにしたのです。

ただマダム・プルーストは、過去に逃げ込むだけの年寄り客とは違う、若く未来のあるポールのことは最後まで気にかけていました。悪い記憶を思い出してしまったポールの傷が癒やされるようにと、彼女は旅立つ前にポールにいつもの薬とマドレーヌの贈り物をします。そのプレゼントには「自分の人生を生きて」のメモが添えられていました。

もう一度記憶の探求の旅に出たポール。そこで目にしたのは、プロレスのリングと大勢の観客たち。そしてリングに上がる両親の姿でした。激しく打ち合いながらも、攻撃の合間に熱いキスを交わす2人。格闘技というより一連のパフォーマンスを見ているといった感じです(プロレスって元がそういうものかもしれませんが…)。最後には母の技が決まって勝利し、両親は笑顔で抱き合います。つまりポールが前回の夢の中で見た暴力のシーンは、このリング上のパフォーマンスのための練習だったのです

誤解が解けて、家族3人の幸せな思い出という宝物を再び取り戻したポール。父と母の優しい笑顔に背中を押されるようにして、もう一度外の世界へと飛び出していくのでした

本当は物語はここからさらに大きな展開を見せるのですが、この感想文ではそのネタバレは必要ないかなと思います。私の心に響いたのは、人が目の前の人生を精一杯懸命に生きていくためには、自分だけの“美しいもの”“素晴らしい宝物”が必要だということ。そして、小さい頃に両親にめいっぱい愛された記憶以上に美しいものは、恐らくこの世にないのだろうということです。

そんな赤ちゃんだった頃の記憶を細部まではっきりと思い出せる人はいないでしょう。でも想像してみると、自分の人生でそれほどまでに誰かから愛され、深刻な悩みもストレスもなく、ただ光や色彩であふれる素敵な世界にときめいていた幸せな時期は他にありません。人生を生き抜いていくための素晴らしい宝物は、誰もが経験しているけれど、もうとっくに忘れてしまった記憶の底の底に眠っているのだと思うと、何だかワクワクします。

さすが世界的に注目されるアニメ監督だけあって、ポールの大切な思い出をどんな財宝や芸術作品にもひけを取らない美しさで描き出してくれました。マダム・プルーストの秘密の庭の映像も本当にファンタジックで心を掴まれるものがあるので、綺麗な映像が観たいというだけでも、ぜひ一度鑑賞してみてください!

最後まで読んでいただき、ありがとうございました♪

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