「映画「バグダッドカフェ」の作風で、長編アニメ「オネアミスの翼」みたいな作品を作ってください」
生成AIにそういう指示を出したら、こんな映画が出来上がりました……というのは冗談ですが、個人的にはこの2つの映画をめちゃくちゃ思い起こさせる作品でした。
「オネアミスの翼」のほうは「そうか???」と思われる方も多いと思いますが、「オネアミス」が当時まだ無名だった天才クリエイターたち(庵野秀明など)が自分たちの好み100%で作り上げた作品、というのは有名な話。
対する「スピリッツ・オブ・ジ・エア」も、「アイ・ロボット」などのハリウッド大作で知られるアレックス・プロヤス監督の記念すべき第一作目なんですね。
監督自身の母国・オーストラリアの広大な大地を舞台として生みだした、圧倒的な映像美。若い無名監督が、自分の感性のすべてを注ぎ込んで作り上げたんだろうと想像すると…やっぱり「オネアミス」に通じるものがある気がします。劇場公開も1年違いだし。あの時代の空気に満ちていたワクワク感のようなものが伺えます。
王立宇宙軍に比べるとちょっとスケールは小さい気がしますが、空(宙)への憧れに憑りつかれた男たちのストーリーは、国境も越える。
それでは愛を込めてネタバレ感想、いきます。
鑑賞のまえに
1988年制作/オーストラリア
時間:96分
監督:アレックス・プロヤス
出演:マイケル・レイク、ノーマン・ボイド、ライズ・デイビス
・舞台は荒野の中の1軒家。登場人物も3人のみ、というSF映画
・赤い大地と青い空をメインにした映像美が圧巻!どのシーンもアート写真のよう
・ぜひ「空を飛びたい」という夢を追う、スチームパンクアドベンチャーとして観てほしい
・ヒロイン(?)のベティのゴスロリファッション七変化も隠れた見所です
感想
ギリシャ神話には、イカロスという少年が登場します。
父親と広大な迷路に閉じ込められましたが、空から落ちてくる鳥の羽根を集めて翼を作り、空から脱出したという有名なお話です。
その後イカロスは父親の忠告を無視して太陽に近づきすぎたため、羽根をくっつけていた蝋が溶けて海に落ちて死んでしまいます。
小さい頃に私が大好きだった物語なのですが、キリスト教世界ではこの話が神を畏れる心を知らない傲慢な人間が罰を受けた、的な教訓話になっていると本で読んで衝撃を受けたのを覚えています。
え?なんで?
イカロスってめっちゃかっこいいでしょ?
てゆーか空飛ぶことの何があかんの???
キリスト教だと、翼を奪われて海に落ちるイカロスが、ビジュアル的にどうしても堕天使ルシファーを想起させるから…という理由があるらしいのですが……納得できぬ。
でも多分キリスト教の子ども達もみんな納得できなかったと思います。
内心では「お空飛びたい、イカロスになりたい」と思って、この昔話を聞いていたんじゃないですかね。
冒頭から関係ない話をしてしまいましたが、この映画も基本的には「空を飛ぶこと」に憑りつかれた少年のような男の物語です。イカロスと化学を信仰する男、その名はフェリックス。魔女宅のトンボが精神年齢そのままに中年になったような、絶妙なクレイジーぶり。でも決して憎めない魅力があります。
対する彼の妹ベティは、狂信的なキリスト教信者で「空を飛ぶこと」に熱中する兄に反抗しています。まさにイカロスの物語を敵視するキリスト教の象徴のような存在ですね。彼女はグロテスクなほどのゴスロリファッションに身を包み、「この悪魔!地獄に落ちろ!」と顔を歪めて吠える様子から、キリスト教の善なる面を体現しているわけではないようです。
相容れない価値観を持った兄妹ですが、兄のほうは飛行機の実験で事故を起こしたことから車椅子生活になり、空を飛ぶという夢が遠のいてしまいました。おかげで妹も必要以上に兄に噛みつくことはなく、2人は何とかバランスをとって荒野で孤独な共同生活を送っています。
そこに現れるのが3人目にして最後の登場人物・スミスです。偽名感がありありの名前ですが、彼は追っ手を逃れて荒野をやってきたと話し、何やら後ろ暗い事情がありげ。さらに北を目指そうとする彼に、フェリックスは「山があってとても無理だ」と言い、唯一の可能性として飛行機にのって山を越える話をするのです(すでに滅びた大昔の文明には飛行機が存在したけれど、彼らの世界ではまだ空を飛んだものはいない)。見るからにクールで常識人なスミスは半信半疑ですが、それでも他に選択肢がないからかフェリックスの話に乗ることにしました。
この映画の大部分は「どうやったら飛行機を飛ばせるか」と2人が試行錯誤するシーンで構成されています。…というより、ほぼそれだけの映画です。
最初の飛行機を作って飛ばしてみた→ダメだった。2作目はかっこいいグライダー風にしてみた→ちょっと飛んだけど落ちた。最後はプロペラ付けてみた→3度目の正直なるか?!
と、おおよそのところを2行で説明できてしまいます。でもね、そこにロマンがあるんですよ。ただひたすら飛ばす&落ちる&また一から作るの繰り返し。
「次こそは成功する。きっと空を飛べる」
その想いに一生をかけたフェリックスのような人たちが、私たちの歴史にもきっと何人もいたはずです。
ライト兄弟は人類で初めて空を飛ぶ飛行機を作った人たちですが、あの当時は「誰が“人類で初めて空を飛んだ人物”になるか?!」ということが世界的に注目されていて、さながら南極一番乗りを目指した国家間レースのような白熱ぶりだったとか。
めっちゃワクワクしますよね。
彼らにとって、人生は夢と冒険だったんです。
この「スピリッツ・オブ・ジ・エア」の世界でも、赤い大地と青い空の荒野の空間に、フェリックスの夢が無限に広がっています。
彼は外の世界からきたスミスの目から見ると、偏執狂のベティと同じくらい頭がおかしく見えたかもしれません。でも過去と狭い世界だけに閉じこもっているベティとは違い、フェリックスから前向きなエネルギーを感じたからこそ、スミスはフェリックスと同じ夢を見てみようと思ったのでしょう。
飛行用の重い靴でトレーニングをし、操縦を学び、滑走路を作っているとき、スミスは何を思っていたのでしょう。多分過酷な逃亡生活のなかで初めて希望というものを感じ、その素晴らしさに心を打たれたのではないでしょうか。
「明日はきっとうまくいく。いい風が吹く」
そんな思いを抱いて生きているときは、貧しくても人は幸せだったりします。
戦後の日本もきっとそうだったんでしょうね。
「上を向いて歩こう」です。フェリックスも妹のベティに言っていました。
「一度でいいから、青い空を見上げるんだ」
上を向く。青い空に魅せられる。
そして飛びたいと願う。
ベティが体現するキリスト教世界がどれだけ否定しようと、やっぱりイカロスは人類のヒーローなのです。イカロスが翼にのって迷路から脱出したように、フェリックスは妹を連れて、スミスと一緒に自分が作った飛行機で荒野から脱出することを夢想します。
しかし、妹のベティは兄妹の父親が死の間際に言い残した「ここを離れてはならない」という言葉に固執しています。「スミスと一緒に飛行機にのってここを出よう」と説得するフェリックス。「兄さんも父さんに約束したじゃない」と食い下がるベティですが、フェリックスは「あれは父さんを安心させようと思って言っただけだ!」と返します。
ベティは、兄が父の教えに背くように仕向けたのはスミスだと考えて、彼を憎みます。
「今ならまだ間に合う、一緒に彼を殺しましょう!」と言うベティを、フェリックスは絶望的な目で見つめました。
スミスの追っ手はすぐそこまで迫ってきていて、もはや時間がありません。新しい飛行機はテスト飛行もできないまま、スミスはそれに乗って山を越えることを決断します。
そして出発の朝。スミスはベティが出てこないことを不審に思い、早く連れてくるようフェリックスに言いました。それに対して静かに「ベティは行かない」と答えるフェリックス。そして彼はそっとこう付け加えました。「それに僕もだ。僕たちはここに残る」。
一緒に行こうと説得するスミスですが、フェリックスはもう心に決めていました。
彼が残ることにしたのは妹をここに一人で置いていけない、というのが表面的な理由でしょうが…でも私にはフェリックスが無意識のうちに“残る”という選択をすでにしていたような気がしました。
フェリックスのような人間が、山を越えて北に向かい、新しい世界に行って何をするのでしょう。彼はただ飛行機を作って空を飛ぶことだけを考えてきた人生です。まるで子ども部屋のような青い空の壁紙の部屋で寝起きして、夢ばかり見ていたフェリックス。親しいといえる人間はこれまで生きてきて妹だけ。
彼は精神的にはまだ子どもで、自分だけの夢の世界の外で生きる準備ができていないのです。
それはまるで長年服役してきた人間が、刑務所の外に出るのを怖がるように。
フェリックスとベティは子どもの頃から何一つ変わらない自分たちの家に残ることを選びました。
映画の最後、プロペラをつけた本格的な飛行機に乗り込み、スミスは滑走路を走っていきます。
行け!左だ!そうだ、行け!とメガホンで必死に叫ぶフェリックス。
そしてスミスは風をとらえ、青く無限の空へと飛び立っていきました。
3作目の飛行機は成功でした。
フェリックスはついに飛行が成功したことに感動し、けれど同時に抑えようのない哀しみに囚われて飛び去って行くスミスを見送ったのです。その姿はまさしく、ギリシャ神話で息子イカロスに翼を与えて空へ逃がし、自分は迷路に残った天才設計士ダイダロスのようでした。
スミスは去り、広大な荒野のなかの一軒家で、何事もなかったかのように孤独な生活に戻るフェリックスとベティ。しかしポーチで物思いにふけるフェリックスの目に、地平線に現れた3人の人物の黒い影(スミスを追ってきた者たち)が映ります。
それはフェリックスとベティの平穏な暮らしの終わりを予感させる光景でした…。
最後の最後で、フェリックスは“飛ばない”ことを選びました。
代わりにスミスを自分の飛行機で逃がして、ささやかな慰めを得たフェリックスですが、地上に残ったことで避けようのない死が彼をとらえるのです。
彼がもしベティ(が象徴する信仰や因習などのしがらみ)を振り切って、イカロスのように神をも畏れず勇気を出して飛んでいたら…映画は別のエンディングを迎えていたのかも。そんな切ない余韻を感じさせるラストでした。
私にとってこの映画は、イカロスが象徴する勇気や好奇心を称える人間賛歌のように思えました。少ない登場人物、シンプルなストーリー、幻想的な映像も相まって、とても寓話的な作品です。
でもそれ以上に、人類が空への憧れを募らせていた冒険の時代にタイムスリップしたような、純粋なワクワク感が魅力。
オモチャのような飛行機のデザインも、荒野のシュールなオブジェも、すべてが最高!
私も最近この名作の存在を知ったばかりでおこがましいのですが、この映画のファンが1人でも増えてほしいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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