すごく面白い映画でしたが、最初の感想は「フローレンス・ピューが綺麗…」だった。笑
「ミッド・サマー」の彼女は演技すごかったですけど、あんまり綺麗っていう印象はなかったし、ドレスで着飾っていた「ストーリー・オブ・マイライフ」とか「レディ・マクベス」も然り。
初めてめちゃくちゃ美しいフローレンス・ピューを見ました。
あいかわらず肩周りとか逞しいんですけどね。ほっそり華奢体型じゃなくても、美人キャラになれるんだなっていう希望の光を見させていただきました。
今回のお話の役柄にもぴったりハマっていて、古い家父長制の価値観と闘う、強く美しい女性というキャラクターは多くの支持を集めそうです。
それでは「ドント・ウォーリー・ダーリン」の感想、いきます。
冒頭から思いっきり大事なところをネタバレするので、まだ本編を観ていない方はぜひ鑑賞後に読んでください!映画も面白いですよ!
鑑賞のまえに
製作:アメリカ
時間:122分
監督:オリヴィア・ワイルド
出演:フローレンス・ピュー、ハリー・スタイルズ
・スリラーに分類されていますが、個人的にはそこまで怖くないので、SFみたいな感覚で幅広い層が楽しめる映画だと思います。
・50年代アメリカの「素敵なマイホーム、カッコいい車、美しいドレスを着た妻たち」というドリームが詰まった世界観。ストーリーが進むにつれて、それらに嫌悪感を抱くようになるのが面白い。
・すべてが明らかになった後の、それぞれの登場人物の思惑なんかを考えるのが楽しいです。
感想
ビシッとスーツを着込んで高級車に乗り込み、妻に見送られながら仕事に行く。
この映画では、そんな男たちの“理想の生活”が描かれています。
男たちが“崇高な仕事”に打ち込んでいる間、妻たちはショッピングやバレエのレッスンなど優雅な生活を満喫。男たちが会社から戻れば、美しい妻と温かい手料理が出迎えてくれて、気分が盛り上がればそのままベッドイン。
どうですか、男性たち?良い生活ですか?
良い生活なんでしょうね、多分。第二次大戦後のアメリカでは、戦場から戻ってきた男たちにこの生活を与えるため、女性たちは一律家庭に入って専業主婦として生きるよう求められました。彼女たちは戦時中に、男たち不在の街であらゆる職業に就いて活躍していたにも関わらず、です。
さて、映画の中では妻たちは何でも買い物をし放題。支払いは全部夫のツケにできて、素敵なドレスもバッグもお値段を見て諦める必要はありません。お友達と一緒にカクテルを飲みながら品物を選ぶ姿は、まさにエレガ~ンス。
どうですか、やっぱり女性にとっても良い生活ですかね?
確かにフローレンス・ピュー演じる主人公のアリスもけっこう楽しそうに過ごしています。
50年代のアメリカの社会が理想としたこの生活を端的に表現すると、「ドント・ウォーリー・ダーリン」。まさにこれ。
頭が良くて高収入で頼りがいのある男が、女に言うセリフ。「僕が大きな庭付きの家と贅沢な暮らしを与えてあげるよ、だから君は何も心配もしないでいいんだよ」ってやつです。
…言いたいよね!こんなの言えちゃったらカッコいいよね!男のプライドってやつが満たされるよね!
はい、残念!!!
そういう時代は終~了~~~!
もう国を挙げて専業主婦を後押しし、男のプライドを守ってあげるとかいうキャンペーンは終了しました!生産性重視!女も普通にバリバリ働きます!
朝は見送ってあげません!なぜなら自分自身の出勤前の身支度で忙しいから!!何ならお前より早く出勤するから!
靴やバッグやパーティーやご近所のゴシップで頭がいっぱいの女たちを見下して楽しかったでしょうね!そういう時代も終了しました!普通にビジネスの第一線で働いてるから、頭の中は数字でいっぱいです!元々コミュ力もあるから、口論したら普通に言い負かしちゃいます!
セックスするタイミングはこっちが決めます!夜勤明けとかマジ勘弁してくれ。そんなことする暇あったら1秒でも長く寝たいっつーの。
は?何お前、リストラされたの?あー、はいはい、いつかされると思ってたわ。大丈夫大丈夫、私の収入があるから養ったるし。だからあんたは何も心配しなくていいんだよ。
頼むから私の邪魔だけはしないように、隅っこでゲームでもしてな。
……という過酷な現実を受け入れられなかった負け犬たち(男)が、甘いマトリックスの世界に逃げ込んでしまうというのが、この映画「ドント・ウォーリー・ダーリン」の真の舞台設定になっています。自分1人で逃げ込むんじゃなくて、妻を一緒に引きずり込んでますからね。キアヌ・リーブスもびっくりですよ。そんなやつ、救世主でも救えねー。
もう少しだけ丁寧に解説すると、主人公のアリスとジャックの夫婦は砂漠の中のニュータウンで50年代さながらの幸せな結婚生活を送っていましたが、その暮らしが実はすべて仮想現実の中のものだということが明らかになります。
仮想現実の中でも「ビクトリー計画」と呼ばれているそのサービスは、実生活で満たされない男たちを対象としたもの。
妻たちの意識を仮想現実に沈めて、男は日中に生活費やサービスの費用を払うために現実世界で働きつつ、夕方から朝にかけては仮想現実の中で妻と共に過ごします。
妻たちは意識がないため、現実の世界では寝たきり状態。「ビクトリー計画」の契約上、男たちには現実世界の妻の介護をする義務が課されているようです。もちろん、妻たちには自分が現実世界でチューブにつながれて寝たきりになっていることは知らされません。
(…いやいや、人権って何かね?)
この映画の「実は仮想現実でした」設定はけっこう序盤から予想できますし、砂漠の真ん中の非現実感ただよう町というのもわりと使い古されたイメージな気がします(個人的には何回見てもグッとくるけど)。スリラーな雰囲気もさして強くない。むしろかなりマイルドです。
だからこの映画の魅力って、そこじゃないんですよね。
この映画がすごいのは“情けない男たち”を、できるだけ弱者っぽい描き方を避けて、でもバッチリと印象づけちゃうところです。(=弱者じゃないから、けちょんけちょんに叩いていい)
映画の大部分の時間を使って“強くてカッコいい男たち”を描いておいて、その裏側にあるダサさをチラ見せしてくるスタイル。でもチラっと見えたものって、何故か鮮明なイメージとして残るよね。
私が強烈に感じたのは、町を挙げてのパーティーでジャックの昇進が発表されたとき。ビクトリー計画を率いるフランクからステージに上がるように言われ、皆の前に立たされたジャック。普通であれば、ここで昇進の栄誉を受けたジャックが、何かかっこいいスピーチをブチかますシーン…なのですが…
何を思ったのか、ジャックはステージの上で上着を脱ぎ、おもむろに踊り出します。
それもキレッキレのダンスとかではなく、何となく締まりがないヘロヘロな動き。なのにフランクは大喜びして、観客に「彼のダンスを堪能しろ!」とか叫び、大盛り上がりの会場。
何こいつら、キモい(笑)
でもね、仕方ないんです。だってビクトリー計画なんて何の実体もない、ただの男たちの現実逃避に過ぎないから話せるようなこともないし、そもそもあそこでビシッとしたスピーチができる人間なら、こんな仮想現実に逃げ込む必要もないんだもん。
フランクから「めざましい成長を見せた」とか評価されてるジャック君は、現実には油ギトギトの長髪と髭ボーボーの30代無職です。
皆の前で何かやらなきゃってなって……とりあえず舞台の上でクルクル回ってみた。
この痛さ。伝わり過ぎるほど伝わっちゃって、見てるこっちが苦しいくらいです。
このシーンではまだ仮想現実ということが明かされていなかったので、アリスは「夫が昇進したことで町から脱出しにくくなる!フランクの罠にはめられた!」みたいなショックを受けてる感じになってます。けれど、ネタバレした後にあのシーンをもう一度振り返ると、勤務医でバリキャリのアリスから見たら、あの場面で何もできずに踊り出すしかない夫、晒し者の夫を囲んで盛り上がる会場…ということで、その悪夢のような光景に潜在的にショックを受けたという見方もできそうです。
何せ現実のアリスにとって、「ジャック=情けない男」というイメージはバッチリと固定化されてしまっていて、意識の底の底にまで根付いていますからね。(自分がジャックを「大丈夫」と慰めている、2人の関係が逆転している現実の記憶は、夢という形で仮想現実のアリスの意識にも現れています)
無職になったジャックは1日中パソコンの前にて、仕事で疲れて帰ってきたアリスに「お腹減ったよー」と言い、「何でご飯作ってないの?」と聞かれると「だって、メールに返信してくれないから、どうしたらいいか分からなかったんだもん」と答える。「いや、手術中はメール見れないから」と半ギレで返すアリスに、ジャック君からのまさかの名言「そんなの僕チン知らないよ!」。
そら無職になるわ(笑)
うっかりこんな奴を採用したら、会社の中での人事担当者の立場まで危うくなりそうです。
こういうのって典型的な昭和のダメ男かと思ってたけど、負け犬は万国共通、国境も越えるのね。
人口の半数を占める女性たちが一気に社会進出すれば、当然優秀な女が無能な男のポジションを奪う場面もでてくるわけで…
個人的な話ですが、昔父親から「女なんかが出しゃばったら男の仕事が奪われるだろうが」と言われたのを思い出します。あのときは「何言ってんだ、このオヤジ」と思ってましたが、ある意味で現実がよく見えていたのね。さすがパパ。
この流れからのアリスのイチャイチャ拒否の場面は、映画序盤のジャックの帰宅シーンとの対比がすごいですね。「ご飯にする?お風呂にする?それともワ・タ・シ?」への憧れがすごい。
おーい、目を覚ませー。働いてる嫁のためにお前が飯作るんだぞー(笑)
さすがに可哀そうなので、これ以上ジャックを苛めるのはやめておきましょう。
もう1人、“男の情けなさ”を印象づけてくれたのが、誰あろうビクトリー計画の黒幕・フランクです。威厳と風格をただよわせ、ジェームズ・ボンドみたいなイケオジで、アリスに対して「君には期待していたんだが、失望したよ」みたいなことを余裕たっぷりに言っちゃうんですが……。アリスが現実世界へと脱出しようとしたとき、部下が彼女を阻止することができず、電話機の前で狼狽えるフランクの背後に1つの影が迫ります。
「これからは私がやるから、あなたはもういいわ」
そしてフランクの体に突き刺さるナイフ。それを手にしているのはフランクの妻・シェリーでした。
ビクトリー計画の影の黒幕が、実は女性であったということを匂わせて、映画は結末へと向かいます。ここが一番のどんでん返しで、この映画を“男の情けなさ”を糾弾する作品として決定づける要素でもあります。男の男による男のための仮想現実かと思ったら、結局それも全部嫁の手の上で転がされただけなんかい!っていうね。
今にして思えば、フランクがアリスに「君には期待していた」と言ったのは、意外と本心で彼女にこの世界をぶっ壊して欲しかったのかもしれません。フランクとシェリーの夫婦がなぜビクトリー計画を始めたのか、彼ら自身にはどんなメリットがあったのか分かりませんが、フランクは内心もうウンザリしていたのかも。
シェリーにああしろこうしろって指図されて、「これじゃ現実世界と全然変わんないじゃん!僕もうお家に帰りたい!」ってなってたのかもしれません。想像するだけで情けなくて涙が出てくるけど。
無事脱出して、現実世界のベッドの上で目覚めるアリス。そしてシェリーはおそらくビクトリー計画を牛耳って、これからも仮想現実の世界を思いのままに操っていくのでしょう。こうして女たちにとっては、それぞれ思い通りになってめでたしめでたしのハッピーエンドで幕を閉じます。
ただ最後にもう1点感想として付け加えておきたいのが、なんで男たちが仮想現実の世界に妻を連れて行ったのか、その心理こそがもう情けなさの極致だよねっていう話です。
ただ心地良い夢の世界で生きていくだけなら、別に自分1人でビクトリーしとけばいいわけですよ。妻を寝たきり状態にして、介護しながら2人が生きていく生活費を稼ぐのって大変そうじゃん?(というか、そんな努力ができるなら最初から必死で働けよと言いたいが…)
何で妻とセットじゃないとダメだったかっていうと、彼らは実際はあの夢のような生活自体に執着してたわけじゃないんです。
この記事の冒頭で「こんな生活良いですか?」と、男女それぞれに問いかけましたが、実はより重要なのは「女性たちにとって心地良いこと」のほうであって、男性にとって心地良いことはおまけ。女性たちに夢を見させて幸せにすることが、彼らの本当の目的です。
すべてがバレたとき、ジャックも言ってましたよね。この生活を維持するために現実世界で稼がないといけないのは地獄だって。実際彼らが仮想現実で過ごす時間は限られていますから、ビクトリー計画の世界はむしろ女性のために設計されています。意外と男は辛いよ、なんです。
なんで?なんでなんで?
なんで辛い思いしてまで、男たちはビクトリー計画を続けるわけ?
それはね、「男が女を養って幸せにしてあげる」という構図こそが大事だからだよ。
そこにこだわってるから、最終的にこんな形になっちゃった。
自分より優秀な妻は無理やり寝たきりにしちゃって、自分だけが外の世界で生活費を稼ぐようにする。その間、妻は贅沢な夢を見ているからハッピーなはず。実際、家に帰ると彼女は「あなたの仕事ってすごいわ、尊敬してる、いつもありがとう」って言ってくれるし。
妻たちはそこが現実だと思ってるからこその「ありがとう」なんですが、その点は華麗にスルーです。仮想現実が作り出したプログラムではなく、妻自身が「ありがとう」と言ってくれている、そこがポイント。だから妻を連れていかないと意味がない。
この「全部あなたのおかげよ、ありがとう」を妻の口から言わせるためだけに、必死に働き、介護をこなす。無理やりでも何でも、その構図さえ作ってくれれば、僕らは頑張れる。
…なんか、書いてて涙出てきた。
誰か、この可哀そうな子たちを導いてあげて…って言うと、シェリーが出てきそうなのでやめておきましょう。
頑張れ、ひたすら頑張れ、少年たち。
この映画については、他の人が色々な深い考察をしてくれているんで、私はシンプルに男性たちの迷走っぷりについて書いてみました。別に男に養われて贅沢三昧することだけが女の幸せじゃないんですよね。というか、ある程度の教育を受けると、女性も自分自身の力で自己実現することこそが幸せだと認識するもんじゃないでしょうか。
美しく着飾って笑っていられなくても、すっぴんでボロボロになるまで働いていても。自分で選んだ道で必死に生きる幸せってのもあるもんです。
女性観を、アップデートしてね。
最後まで読んでくださってありがとうございました♪
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