かっこよかったなぁ~~~…オースティン・バトラー。
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」でも抜群の色気でしたけど、ライダースジャケット着てハーレーダビッドソンに寄りかかってる姿は、もはや神。
一撃でファンになりました。
カリスマ的な役が似合う俳優さんですね。
この映画を観て、オースティン・バトラーに「この役を演じてほしい!」と思ったのが、ジャック・ケルアック著「オン・ザ・ロード」のディーン・モリアーティです。
いや、他の役者さんですでに映画化されてますけど…オースティン・バトラーでもう一本製作してくれないかなぁ。
この「ザ・バイクライダーズ」も、個人的にはかなり「オン・ザ・ロード」の世界観と地続きになっていると感じました。時代的には10年、20年のズレがあるのかな?
ビートジェネレーションと呼ばれた、自由で非伝統的な生き方を希求した若者たちはどこへ行ったのか。
1人はヴァンダルスのジャケットを着て、すっかり変わってしまったアメリカのロードをハーレーで駆け抜けていったのかもしれません。
というわけで、とりあえずオースティンがセクシーすぎる映画「ザ・バイクライダーズ」のネタバレ感想いきます。
鑑賞のまえに
2024年製作/アメリカ
時間:116分
監督:ジェフ・ニコルズ
出演:オースティン・バトラー、ジョディ・カマー、他
・オースティン・バトラーを輝かせるための映画、という印象強め。ファンは必見。ファンじゃなくてもコレを観たらファンになる可能性大。
・「こういう時代もあったなぁ…」というノスタルジックなエモさ全開です。バイク好きじゃなくても、1960年代を全然知らなくても「いい時代だったね」っていう気分にさせるのがジェフ・ニコルズの魔法。
・というわけで、バイクにまったく興味なくても楽しめます。私も「え、バイクの集団?怖っ」っていうタイプですが、少なくともこの映画のライダーさん達にはすごく共感できました。
あらすじ
1960年代半ばのある夜、ごく普通の生活を送っていたキャシーは、友達に呼び出されたバーで、荒くれのモーターサイクルクラブ「ヴァンダルス」の男達と出会いました。その中の、寡黙ながら誰よりも喧嘩っ早いバイク乗りのベニーに惹かれ、ベニーの強引なアプローチに負けてわずか5週間で結婚します。
ベニーの危うさを心配しつつも徐々に「ヴァンダルズ」の文化に溶け込んでいくキャシー。一方クラブは急速に拡大し、支部ができて敵対クラブとの抗争や新参のメンバーとのトラブルが頻発。リーダー・ジョニーは何とかメンバーを統率しようと苦戦しますが、クラブの雰囲気は変わっていってしまい…
感想
モーターサイクルクラブを題材にした写真集に着想を得て、架空のクラブ「ヴァンダルス」の結成から衰退までを描いたストーリーです。メンバーは皆けっこういい年したオッサン達なんですが、何だか青春の儚いきらめきを感じさせます。
映画は、カメラマンが「ヴァンダルス」の中核メンバーであったベニーの妻にインタビューをして、当時のエピソードを引き出していくという形で進んでいきます。「ヴァンダルス」をよく知りつつも、一歩退いた視点で語ることができるキャシーの説明は的確です。
そのことがよく分かるのが、世間一般的には無法者として恐れられているバイク乗りたちを、キャシーが「みんな弱虫なのよ」と切り捨てるところ。
彼らは、クラブのアイデンティティであるカラーズ(襟章)を、1人でいるときには決して身に着けません。理由は、それを着けていると他のグループに目をつけられて襲われるから。集団でいるときは「俺たちはヴァンダルスだ!」と盛り上がっているけれど、1人でいるときには何者にもなれず、背中を丸めて道の端を歩くような男たちの集まりです。
カメラマンが「ヴァンダルス」のメンバーにマイクを向けたとき、そのうちの1人がなぜクラブが必要なのかについて語るシーンも印象的です。「たぶん、皆何かに属したいんだ」。
彼らはアメリカの健全な社会には馴染むことができないアウトローです。でも1人は怖い、寂しい。
「ヴァンダルス」を結成したジョニーは、当時のアメリカ社会におけるバイク乗りたちの寄る辺なさを掬い取り、彼らの居場所をつくることを思いつきます。マーロン・ブランドー主演の映画「The Wild One」でクールなバイク乗りたちの姿を観て、これこそが自分たちに必要な偶像だと感じたのでしょう。
ただのはみ出し者の集団としてではなく、バイク乗りたちの心の拠り所となるようなクラブにするには、神話や伝説が必要です。その役割を担い、黄金時代の「ヴァンダルス」の名前に輝きを与えていたのが、カリスマ的存在のベニーでした。
ベニーはバイクで駆け抜けることを至上の喜びとしていて、そのためだけに生きる男。他人に指図されることや、他人のために自分のスタイルを曲げることを極端に嫌います。他のメンバーが自衛のために余所ではカラーズを身に着けないのと対照的に、敵地のバーでも堂々と「ヴァンダルス」の名前を背負って酒を飲み、反感を持った男達に囲まれてカラーズを脱ぐよう命じられても、「脱いでほしけりゃ、俺を殺すんだな」とつぶやきます。
挙げ句の果てに男達から片足を潰されて、医者から絶対安静を言い渡されても、ジョニーから集会に誘われればギプスをはめたままでバイクにまたがろうとするのです。心配して妻のキャシーが必死に止めようとすれば、面倒に思ったのか「俺は出て行くよ」と言い出す始末。何かあるたびにこの繰り返しで、最終的にはいつもキャシーが折れるしかありません。
身勝手な男ですが、ある意味でベニーは誰よりも忠実な人間なのです。彼が忠誠を誓っているのは自分自身の衝動。「バイクで走りたい」「ヴァンダルスでありたい」。そういうシンプルな内発的動機で動いているだけで、ベニーにしてみれば、状況や他人からの圧力によって行動を変えることのほうが不自然に感じられます。
寡黙でありながらスタイルを貫くベニーは、仲間たちからの尊敬を集めていました。リーダーのジョニーも、ベニーこそがクラブに欠かすことができない存在、「ヴァンダルス」の象徴となるべき男だと捉えていました。ベニーは、男達にバイク乗りとしての誇りや情熱を思い起こさせます。「これが、これこそがバイク乗りの生き方、これが『ヴァンダルス』なんだ!」と熱い気持ちにさせる存在です。
自分の衝動だけで走り続ける、この比類ないカリスマ性こそ、「オン・ザ・ロード」のディーンに通じるもの。小説の中で、ディーンは「付き合うとトラブルに巻き込まれる」と人が警告するほど無茶苦茶な存在ですが、主人公のサルは彼を「新しい呼び声」「新しい地平線」と感じています。「ヴァンダルス」のメンバーも、何者にも屈しないベニーを見て、サルがディーンに対して感じたように彼の側にいれば新しい地平が開けると思ったのでしょう。
クラブの規律をつくるジョニーと、クラブのカリスマ・ベニー。この2人の絶妙なバランスが、「ヴァンダルス」の輝ける時代を支えていました。ジョニーやベニーと並んで走ることで、当時の社会にうまく馴染めなかったアウトローたちがどれだけ救われていたのかと思うと、グッとくるものがあります。
バイクは1人で駆け抜けるもの。アウトローな姿勢を体現しているような乗り物ですが、それでも彼らがクラブを求めたのは、自分の感情や価値観を肯定するためには仲間が必要だからです。バイクで走っている間は人生を信じていられるという、その言葉にならない感覚を誰かと共有すること。それだけが、皆が「ヴァンダルス」を愛していた理由なのだと思います。
けれど、その結成当初の純粋さが長続きすることはありませんでした。彼らがクラブの外の社会を拒絶しても、社会のほうは彼らを放っておいてはくれません。組織が拡大するに従い、徐々に毛色の違ったバイク乗りたちも入会するようになった「ヴァンダルス」。特にベトナム戦争の帰還兵の数は圧倒的で、次第にクラブの中の一大勢力として初期メンバーも恐れる存在になっていきました。
戦争で傷を負い、ドラッグに溺れて暴力的になっていく新参のメンバーたち。クラブの中でのトラブルも増えていき、リーダーのジョニーは自分ではもうクラブを統率することができないと悟ります。
ベニーのカリスマ性があれば、まだ「ヴァンダルス」を立て直せると考えたジョニー。ベニーに自分の役割を引き継いでくれるように頼みますが、それまでただ自由奔放に生きていたベニーは責任の重さに狼狽し、その頼みを断ります。
ジョニーやクラブのことを愛していても、「自分はただバイクで駆け抜けるだけ」という生き方を捨てきれなかったベニー。「ヴァンダルス」は、もう自分の居場所ではないと考えて、妻のキャシーさえ置き去りにして、街を離れてしまうのです。ただバイクで走ることだけに幸福があると考えるベニーは、やはり「移動するという行為そのものに、人生の答えがある」とアメリカの西へ東へ走り続けて、何も顧みようとしないディーンとよく似ています。
「定住」「安定」「規範に従った生き方」を求めてくる社会に、はっきりと「NO」を突きつける存在。しかし、その代償として、ベニーやディーンのような男は永続的な愛や友情を築くこともできません。
ベニーに去られたあとのジョニーは、あるとき自分に反感を持った若者から決闘を申し込まれて、あっさりと銃で撃ち殺されてしまいます。「ヴァンダルス」の創立者であるジョニーが死んだことで、バイク乗りの良き時代は完全に終わりを告げました。その後の「ヴァンダルス」は麻薬に殺人、何でもありの犯罪組織として拡大していきます。
実際に、アメリカのアウトロー・モーターサイクルクラブの中には犯罪組織としてFBIにマークされていたところもあるようで、「アウトロー」という生き方がいかに紙一重なものがよく分かります。
ジョニーがいて、ベニーがいた。だからこそ、つかの間、奇跡的に実現したバイク乗りの理想。二度と戻ってこないその時代を、かつてのメンバーはいつまでも懐かしむはずです。
切ない余韻が残る映画ですが、この物語で救いとなるのはベニーとキャシーの結末でしょう。
「誰も頼らないし、誰にも頼られたくない」と語っていたベニーですが、遠く離れた街でジョニーの訃報を聞いて、キャシーの元へと戻ってきます。玄関先にぽつんと座るベニーの肩を、キャシーが無言のままに抱きしめます。彼女に身を寄せて泣き崩れるベニーの姿は、ただ自分の衝動だけに従っていたはずの彼が、人並みにジョニーへの友情と忠誠を感じていたことを物語っています。
ビートジェネレーションのカリスマ、ディーン・モリアーティは最後の最後までどこにも辿り着かずに、雑踏の中に姿を消しました。しかしベニーはそのままキャシーの元にとどまり、そこで修理工として定職につくことで新しい生活を始めました。奇しくも「オン・ザ・ロード」で主人公サルが「他者のために嘆きに行け」という老人の言葉を転機として、ロードの生活を終えたように、ジョニーの最期を嘆くことでベニーも生き方を変えられたかのようです。
「ヴァンダルス」の古き良き時代はもう二度と戻ってこないのでしょうが、ディーンやベニーが見せたカリスマ性は、時代が変わっても色褪せることがありません。むしろ儚い一瞬の輝きであるからこそ、伝説としての価値が高まるのです。
戦後のアメリカって、「郊外の一軒家での家庭的な暮らし」「大量消費」「規範的なライフスタイル」みたいな押し付けがすごくて、息苦しい人たちにはほんと息苦しかったんだろうなぁと思います。そんな社会で育っていくビートジェネレーション、カウンターカルチャー、ヒッピー文化から、いかに豊かな物語が生まれたかを考えると、生の感情を何より愛する人間達の不屈の精神を誇らしくも思いますけどね!
オースティン・バトラーの魅力だけでも走りきれる映画ですが、こういう刹那的な世界観もいいなぁと思ったら、未読の方はケルアックの「オン・ザ・ロード」もぜひ読んでみてください。
文字だけなのに、まるで映画を観ているような躍動感があふれ出す、怪物級の傑作青春小説ですよ!「ロードこそ命」という主人公の独白、最高だった…。
最後まで読んでいただきありがとうございました!


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