感想とか語るのが野暮な映画、ナンバーワンです。
じゃあ何でここで感想を書いているのか?というと、ただ単に「この映画超好きだったぁーー!!」と叫びたいだけ。笑
ただのファンレターです。
これ、ジョナ・ヒルの監督作品なんですね。
「ウルフ・オブ・ウォールストリート」で金魚を飲み込んでた、あのハイテンション眼鏡さんです。監督自身が少年時代に経験したスケボーカルチャーを題材にしているというのだから驚き。ジョナ・ヒルが眼鏡にスーツ姿でスケボーで滑ってる姿を思わず想像してしまいました。
でも、よく考えたらどんな大人にも少年時代はあるわけで。
必ずしも、その少年時代からまっすぐ伸びた先に、今の姿があるとも言えないわけで。
むしろ十代の世界というのは、長い人生の中でも、そこだけで一つ完結している不思議な時間と言えるかもしれません。
それがジョナ・ヒルにとっての「90年代半ば」。あなたにとっての「mid90s」はいつでしょう?
ネタバレ感想を読みつつ、ぜひ映画の余韻に浸ってください。
鑑賞のまえに
2018年製作/アメリカ
時間:85分
監督:ジョナ・ヒル
出演:サニー・スリッチ、ルーカス・ヘッジズ、他
・安定のA24。「A24の映像センスが好き。青春映画も好き」と思ったら、もはやこの作品を観ない理由はありません。
・周りからは「ただのチンピラ」にしか見えないスケボー少年たちの中にも、ルールがあって友情がある、というのが丁寧に描かれていてグッときます。
・90年代のヒット曲が多く使われていて、当時青春を過ごした人にとっては音楽の演出がたまらない(らしい)です。
あらすじ
シングルマザーの母と暴力的な兄イアンと暮らす13歳のスティーヴィーは、いつも兄に力で抑えつけられて辛い日々を送っていました。強く大きくなって見返したいと切望する中、スケートボードショップで出会った年上のスケーター集団(レイ、ファックシット、フォースグレード、ルーベン)に憧れ、彼らに近づいていきます。
懸命に他のメンバーについていこうとするルーベンは、やがてその勇気とひたむきさでレイに認められるようになりました。しかし、そのことを良く思わなかったルーベンと衝突することになり…
感想
冒頭で、感想とか語るのは野暮と言いました。それが何でかというと、この映画が描いているものは、「正しい」とか「間違ってる」とか、そういう外野からの評価を受けつけないものだからです。
ただ、こういう時代、こういう場所、こういう少年たちがいたというだけ。
主人公の少年スティーヴィーの経験から、何か教訓が得られるとかもないです。煙草吸って酒飲んでアブナイ薬も飲んで、13歳で不純異性交遊もしてるわけですから、大人の目から見て決して褒められる経験じゃないですしね。
最後に泥酔した仲間が運転する車に乗って事故って、病院のベッドで目を覚ますスティーヴィーですが、それによって「よーし、これを機に更正するぞー」とかいう流れでもないです。その後スティーヴィーがどういう生活を送ったかとかも説明はありませんが、そんなものは必要ないでしょう。
大事なのは、13歳のスティーヴィーが必要としていたものを、あのスケートボードパークで見つけたということ。それは「挑戦して何かを成し遂げ、それによって仲間から認められるという経験」です。10代の男の子にとって、人生でこれ以上に重要なことがあるでしょうか?
ハーバード・ビジネススクールのクリステンセン教授による「イノベーション・オブ・ライフ」という本の中に、どうして設備もカリキュラムも充実させた中学校をドロップアウトしていく生徒が絶えないのかという話がありました。教授いわく「彼らが根源的に必要としているものを与えていない」という結論なのですが、それがこの「挑戦して達成し、認められる経験」なのです。
この「mid90s」は、そこだけを丁寧に描いているからグッとくる、かつて10代だったすべての人の胸に刺さるんです。
スティーヴィーは家族に不満を持ち始めた13歳の男の子。家庭環境は確かにシビアめですが、映画とかドラマにけっこうありがちな荒んだ崩壊家庭という程ではない。ここがリアル。
スティーヴィーに暴力をふるって鬱憤を晴らす年上の兄や、男好きの悪癖が抜けきっていない母親は理想的とは言えません。でも、致命的というほどでもない。兄貴は非行に走るスティーヴィーを心配もしてくれるし、母親は一応は更正して、精一杯良い母親であろうと頑張っています。正直どこの家庭にも問題ってあるし、このぐらいならギリギリ「まぁ、わかる」という感じ。つまり、「ああ、自分も10代のときに家族へのこういうモヤモヤを抱えてたなぁ」って観客が共感しやすい匙加減なんですよ。
ま、そんな達観できるのは大人になってからで、13歳のスティーヴィーにとっては家庭の中の閉塞感というのが結構深刻。何とかここから飛び出したい、もっと違う“居場所”がほしい。でも街中で水鉄砲打ち合ってるようなガキとつるむのはダサい…。
そんなとき、スティーヴィーの目に輝いて見えたのが、年上のスケボー少年たちでした。
スケボーというのはただの遊びやスポーツではなく、ライフスタイルそのもの。ストリートファッションや反体制的な価値観とも結びついていて、スティーヴィーのような少年にとっては「自分とは何か」を丸ごと説明してくれるパッケージのようなものです。
退かず、媚びず、省みない。すごく自由でかっこいい、そんなスケートボードの世界に、スティーヴィーは全身で飛び込んでいきます。
最初は彼らの周りをチョロチョロしているだけだったスティーヴィーが、行動とひたむきさでグループに受け入れられていく…でも中に入ったことで、ただ楽しそうに滑っているように見えた少年達がさまざまな痛みや不安を抱えていることも分かる、というストーリーがエモい。
悪ぶっていても仲良くなってみれば意外に気のいい連中ですが、決して優しいだけの世界ではありません。そこには明確な序列があり、彼らなりの基準に照らして順位変動もあり得る、小さな男社会です。
グループのリーダーとして君臨しているのが、レイ。プロ並みのスケボー技術によってグループの外の人間たちからも一目置かれています。しかも黒人、というのが彼らにとってはまた「クール」なポイント。レイが「俺が街中でスケボーしてると、お前らよりも厳しい目で見られるんだよな」と語るのを、少年達はどちらかというと羨ましそうに見ています。
特にレイをリスペクトしているのが、スティーヴィーが仲間入りするまでグループ最年少だったルーベンです。このルーベンが最初にスティーヴィーに声をかけ、煙草や悪態を教え(ダメ、絶対)、クールなスケボーカルチャーの手ほどきをしてくれました。
「煙草は男の嗜み」「お礼を言うやつはゲイ」「あだ名で呼ばれるのはクールか、そうでないか」「とりあえず全てはレイが基準」。グループ内のルールは右も左も分からないというスティーヴィーは、ルーベンが先輩風をふかして色々教えてくれるのを純粋に喜んでいました。
…が、スティーヴィーがトントン拍子にレイたち年上メンバーの評価を勝ち取っていくことで、スティーヴィーとルーベンの関係は目に見えて悪化していくのです。
このへんもリアル。自分より格下だと思ってたやつが、ちょっとしたことから急激にランクアップして、気づけば順位が入れ替わってた…というのは10代カーストあるある。仲間として受け入れられた後も、気を抜くことはできません。
社会のルールに縛られないからこそ、少年達は自分たちの中での「クールか、クールでないか」という価値観をとても大切にしています。仲間から「クールじゃない」と思われたら、即転落。昨日までバカにしていたやつに自分のポジションを奪われる、厳しい世界です。
そのヒリヒリするような緊張感があるからこそ、自分を高め、挑戦しようというモチベーションが湧いてきます。90年代のアメリカだろうと、2020年代の日本だろうと、少年達の世界はいつでも「ここはブルーロックだ!(潔世一)」ってことですね。
互いの将来について話し合っているとき、レイはプロになるという夢を語ります。そして、己を奮い立たせようと思ったのか、スケボーで滑って「穴」を飛び越えることを提案しました。
それは、閉鎖された1階建ての施設の建物の上で、傾斜を滑っていって屋根と屋根の隙間を飛び越えるというもの。失敗すれば下に激突という、いかにもこの年頃の少年が好みそうなチャレンジです。誰しも似たり寄ったりの経験があると思うので説明するのも野暮ですが、こういう場面での振る舞いが、ブルーロックランキングに即時反映されることになります。めっちゃ重要。だから少年たちは、こういう場面で無謀すぎる挑戦に身を投じてしまいます。
映画監督志望のフォースグレードが構えたカメラの前を、年上のレイやファックシットは悠々と飛び越えていきました。かっこよく技を決めれば、すぐに仲間からの賞賛が得られるのがスケボーカルチャー。その反面、もしも大事な場面でチキったりすると…
スティーヴィーの前でいつもイキがっていたルーベンですが、次は「ルーベンだな」とレイに促されたとき、明らかに自信なさげな表情をしています。何とか滑り出していったものの、「穴」の手前で急ブレーキをかけて、肩を落として歩いて戻ってくるルーベン。大人目線だと100点満点の行動ですが、レイたちからは「ダッセぇ…」という評価を浴びてしまいました。
そんなルーベンを励ましたいとスティーヴィーは声をかけましたが、屈辱感でいっぱいになっているルーベンから逆に「カマ野郎」と罵られます。これがスティーヴィーの心に火をつけました。
皆と一緒にスケボーで移動するのもやっと…というスティーヴィーが「穴」に向かって滑り出したとき、慌てて止めようとしたレイたち。けれど時すでに遅く、スティーヴィーはスケボーごと「穴」に落ちて、下に設置されたテーブルに頭と体を叩きつけられました。頭から出血しているものの、すぐに意識も取り戻して、皆と一緒に笑い合うスティーヴィー。
面白いのが(いや、面白がっている場合じゃないんですが)、スケボーの技としては普通に失敗なのに、スティーヴィーが皆に讃えられ、グループ内での株が急上昇しているところ。レイみたいにスケボーが上手いことも「クール」だけど、下手なくせに無謀なことに果敢に挑むのも「クール」。それが10代のスケボーカルチャー。
スティーヴィーはこの一件でさらにレイたちのお気に入りとなって、壊れてしまったルーベンのお古のスケボーの代わりに、レイセレクトのカッコいい新品のスケボーまで与えてもらいます。仲間達からの最高の評価。自分の勇気と行動で勝ち取ったスケボー。こうして、鬱々とした日々の中で心から手にしたいと願っていたものを、スティーヴィーは手に入れたのです。
これだけでも十分いい話ですが、映画の後半では、まるで太陽に雲がかかるように、眩しかった画面に翳りが出てきて、大人を泣かせにきます。
パーティーでドラッグをやっていたことが家族にバレ、仲間のところにママが怒鳴り込みにきて大恥をかくスティーヴィー。せっかく一人前になったと思ったのに、まだまだママの支配下にある子どもだったことが露呈しました。
そして自由で何ものにも縛られないように見えた年上の仲間達も、それぞれがうまくいかない人生の中でもがいていることが分かってきます。
いつも明るいファックシットは、親友のレイにスケボーの技術で置いていかれ、彼がプロの道に進もうとすることで別れが近づいていることを感じていました。恵まれた環境にいるけれど、特に将来の夢もない自分。プロと一緒にいるレイに絡みに行って、空回りする姿に胸が痛みます。
無口なフォースグレードは勉強ができないだけでなく、新しい靴下を買うお金もないほど貧しい家庭の生まれ。そしてルーベンは母親に虐待されていて、いつも母親が寝てから家に帰っていました。
「自分の人生は悲惨だと思っていたけれど、周りを見ればまだマシだったと気づく」
スティーヴィーにそう話すレイの表情に安堵や優越感はなく、むしろ仲間達の置かれた状況を改めて口にすることで、苦い現実を噛みしめているように見えます。今いる場所よりもっとマシな場所へ行きたいと願っても、結局のところどこに行っても現実の厳しさはつきまとうものだと、スティーヴィーに教えているようです。
そういえば、家庭の中でスティーヴィーを悩ます暴力的な兄をルーカス・ヘッジズが演じているのですが、この兄とスティーヴィーの関係の変化もそのことを象徴しています。
年上で体も大きく、絶対的な存在に見えた兄。けれど自分の仲間を持ったことで、スティーヴィーがこの兄を見る目も変わっていきます。友達も彼女もいなくて、自分より小さい弟を殴って憂さを晴らすしかない、しょうもない奴。スティーヴィーにその事実を突きつけられて、壁に寄りかかって泣いてしまう兄の姿が印象的でした。
大きくなれば、今より強くなれば、きっと世界が変わると思っていた。
でも年上の少年たちも、中年のオッサンも、皆がみんな自信が持てなかったり、自分はこの世界に居場所なんてないんじゃないかと感じていたり、悩んでいたのです。
でもこの瞬間、仲間と一緒にスケボーで滑っている今だけは純粋に楽しい。
そこには言葉にできるような理由なんてなく、ただ心が動く感覚があるだけ。
そのエモさを完璧な形で作品化して保存したのが、この「mid90s」。観たあとはシンプルに、自分にもこういう時期があったな…と懐かしい気持ちが湧いてくると思います。
この作品に限らず、「スタンドバイミー」とか「ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール」とか、青春をそれ自体で完結する一つの作品のように描く映画が大好きです。
2026年も、そんな素晴らしい映画に出会えますように…。
最後まで読んでいただきありがとうございました!

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