もう10年くらい日常的に車を運転していますが、車なんて正直走ればなんでもいいだろと思ってきました。
そんな私が初めて「こんな車が欲しい」と思ったのが、映画「グリーンブック」に登場する色鮮やかなターコイズグリーンのキャデラックです。(絶対に買えない)
車には全然詳しくないのですが、車としてどうのこうのというより、このキャデラックがアメリカの広大な景色を走る様は一つのアートです。(より画面で映える車にしたいという意向から、本来のカラーよりも鮮やかなグリーンに塗り直して、さらに内装もスカイブルーに変更してるらしいです)いや、本当に美しい。もうその映像を観ているだけでも、この映画を観てよかったと思えます。
今回はネタバレもなく、ほとんどストーリーにも触れません。ただつらつらと「この映画がアカデミー賞とって良かったなぁ」という私個人の気持ちを書いていくので、その点を先にお詫びしておきます。
鑑賞のまえに
2108年製作/アメリカ
時間:130分
監督:ピーター・ファレリー
出演:ヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ、など
・鑑賞するときはケンタッキーのフライドチキンを用意しておきましょう。映画を観ているときっと食べたくなります、予言します
・ロードムービー・バディもの・古き良きアメリカのカルチャー…どれか1つでもピンときたら、ぜひこの映画を観てほしい
・人種差別などのシリアスな問題も扱っていますが、基本的に映画の雰囲気は明るく、ラストもハッピーエンドです
あらすじ
1960年代、ニューヨークのナイトクラブで用心棒として働くイタリア系のトニー・リップ。急にナイトクラブの仕事が無くなってしまったために、彼はドン・シャーリーという人物が運転手を探していると聞いて面接に向かいました。
アフリカ系の天才ピアニストであるドン・シャーリーは、南部へと向かうコンサートツアーに出かけることになっており、運転手兼用心棒としてトニー・リップを雇おうとします。家族を養うために高い報酬でドン・シャーリー(ドク)の依頼を引き受けたトニー。トニーは元来粗野で黒人への偏見も強い人物でしたが、ドクとの旅を通して彼の才能や人間性に触れていきます。二人は「グリーンブック」と呼ばれる黒人旅行者のためのガイドブックを見ながらアメリカ各地を旅し、黒人への差別意識をむき出しにした人々に立ち向かっていきますが…
感想
良い映画です。アカデミー賞の作品賞を受賞してますからね。そりゃもちろん良い映画ですよ。
何が良いって、この映画はすごくシンプルにエンターテイメントしてるんです。笑いあり、友情あり、家族愛あり、感動あり。キャデラックが象徴する、古き良きアメリカンカルチャーで味付けされた、明るいロードムービー。
誰が観ても楽しめます。お茶の間向き。
昔の金曜ロードショーとかでめっちゃ何回も放送されてそう。
アカデミー賞ってこういう作品が受賞したほうがいいと思いません?
普段あまり映画を観ないような人が観ても「時代背景とか出てる俳優さんとか全然分かんないけど、とりあえず面白かった!」って言えるような映画が、アカデミー賞に輝いてほしい。だってそのほうが映画ファンも増えるし。
先に言い訳をしておくと、私は他の作品賞受賞作「ムーンライト」も「ノマドランド」もすごく好きです。テネシー・ウィリアムズもかくやと思わせる「ムーンライト」の詩情あふれる世界観には、完全に心を掴まれました。
でもこういう映画を友達とかに勧めて一緒に観ても「何がいいのか分からなかった」っていう答えしか返ってこないんですよ。そういう映画が作品賞に輝いても、映画好きじゃない人からすれば「今年のアカデミー賞の映画よく分からなかった」「アカデミー賞って何がすごいの?」「っていうか最近の映画ってあんまり面白くないよね」っていう世間の流れを作ってしまうだけな気がして、何か…ハラハラします。笑
私は日本語訳してもらわないと外国映画は観れないですし、マイナー映画を鑑賞するために映画館めぐりとかもできないから、とりあえず映画好きな人がどんどん増えて、それを狙ってAmazonとかが色んな映画をジャンジャン配信してくれないと困るんです。…というのは思いっきり個人的な事情ですが。
でもやっぱり映画って誰にでも開かれた大衆向けの娯楽であってほしいから、こういう王道なエンターテイメント映画が作品賞を取ってくれると安心するんですよね。「タイタニック」とか「シカゴ」とか。そうそう、作品賞っていうと君たちだよねっていう。シンプルに泣けたり、シンプルにワクワクできたりすれば、それでいい。
私は子供の頃に家にあった「インディ・ジョーンズ」とか「バック・トゥ・ザ・フューチャー」とか(あと「特攻野郎Aチーム」とか「ビバリーヒルズコップ」とか…)を何回も何回も観ていて、映画が大好きになりました。
映画を観る習慣さえつけば、あとは勝手にマイナーな作品とか前衛的な作品とかを漁っていくようになります。でも皆が映画の世界に入っていくきっかけを作るには、やっぱり誰でも楽しめるような作品が必要だと思うんです。そしてそういう作品がアカデミー賞受賞!っていって騒がれていれば、皆「お、じゃあ、たまには映画でも観てみるか」ってなるじゃないですか。
同じ年にアカデミー賞を争った「ブラック・クランズマン」と比較して、「グリーンブック」は白人にとって都合のよい黒人のステレオタイプを描いていて不愉快だとか、この物語は白人目線で描かれていて人種差別問題を扱う映画としては薄っぺらいとか叩かれてるのも知っています。そしてその意見には概ね賛成します。
「ブラック・クランズマン」も本気で面白かったですよ。アダム・ドライバーが出てるから「グリーンブック」より先に観てるし、もう3回は観てるしね。…でもさ、それより薄っぺらくても別にいいじゃん。面白かったらそれでいいじゃん。だって皆ダンテの「神曲」よりも「聖☆おに〇さ〇」のほうが好きでしょ?極端に言ってしまうと、そういうことでしょ?
これ以上書くと大好きな「グリーンブック」を逆にけなすみたいになってしまうので、このへんで自重しておきます。とりあえずインテリの映画通の人達とか、グリーンブックの主題となっている人種差別に関して一家言ある人達からすると、この作品がアカデミー賞っていうのは眉をひそめたくなるらしいってことです。
でもそういうアンチな意見に振り回されず、ぜひ一度この映画を観てほしい。
80年代とか90年代あたりの、小難しいことを抜きにした楽しいアメリカ映画の魅力を見事に受け継いだ作品です。
やっぱりロードムービーっていいですよね。主人公のトニーがケンタッキー州に入ったとき「イエーイ!ケンタッキーで本場のフライドチキンだぜー!!」って言いながら、熱々のフライドチキンにかぶりつくシーンは最高ですよ。ドライブしながら物を食べるのって、何であんなに美味いんだ…。男2人が片方は下品にガツガツと、もう1人はお上品についばむように、でも揃って楽しそうに笑いながらチキンを食べるシーンは、絶対に深夜に観ないほうがいいです。最高に痛快な飯テロです。
もちろんこの映画の良さは物を食べるシーンだけではありません。何と言っても2人の旅の目的地はディープ・サウス。公然と人種差別が行われている1960年代のアメリカにあって、最も黒人差別の文化が根強い南部の町へと向かうのです。徐々に黒人であるドクへの風当りが厳しくなっていく中、幾多のトラブルを乗り越えて用心棒トニー・リップとの絆は深まっていきます。
そう、この映画の最大の魅力は、主役2人の掛け合いが楽しいバディものなところです。このジャンルで私が一番好きなのは文句なしにロバート・デ・二ーロの「ミッドナイト・ラン」ですが、「グリーンブック」の2人もジャックとデュークに劣らずなかなか個性的でユニークなコンビです。
教養があって理知的なドクはいかにも上流階級の紳士という感じ。かたやトニー・リップは下品だし喧嘩っ早いけど、明るい性格で大勢の家族や仲間に囲まれています。孤高のドクとは何から何まで正反対。そんな2人が旅の経験を通して互いに認め合い、やがてはベストパートナーになっていく展開はロードムービーのお約束。いや~、何回観てもグッときますね。
私が特に好きなのが、旅先で2人が一緒にトニーの妻ドロレスへの手紙を書くシーン。妻への深い愛情に文才がまったく追いついていないトニーを見かねて、教養の塊ドクが助け舟を出します。シェイクスピア顔負けの美しい文章をサラサラと紡ぐドク。トニーは関心しながら、その言葉をそのまま便箋に書きとっていきます。そして、その手紙を受け取った妻のドロレスは目をキラキラさせて夢見心地になるのです。
手紙を待っている愛妻はいるけれど、自分の気持ちを伝える言葉を知らないトニー。感動的な言葉はいくらでも思いつくけれど、それを聞かせる相手がいないドク。正反対の2人がお互いの足りないものを補って感動を生み出す、この旅全体を象徴するようなシーンです。
あとは、2人のコンビが行く先々で人種差別主義者たちをバッタバッタとなぎ倒していくのも観ていて痛快です。最初はトニーがシンプルに相手をぶん殴るだけなんですが(トニーは基本的に「ムカついたら殴る、後のことは殴ってから考える」という「今日から俺は!!」の三橋君的なキャラクターです)、旅の終わりにはもっとクールで爽快感のある勝利が待っています。
このあたりの単純さも、多分この映画が叩かれるポイントなんでしょうね。現実の人種差別主義との闘いはもっと困難で、それこそ「ブラック・クランズマン」の歯痒さのほうがリアルです。でも「ブラック・クランズマン」でKKKの奴に電話でネタばらしするシーンにしろ、この「グリーンブック」のツアー最終日のワンシーンにしろ、個人的なささやかな勝利は、公民権法の成立と同じくらい重要だと思っています。差別との闘いでは一人ひとりが自分の尊厳を守り抜き、心を折られてしまわないことが肝心なのですから。
だから「グリーンブック」を観たときの「面白かった・かっこよかった・感動した」という気持ちはストレートに表現していいんです。何回も言いますけど、文句なしに良い映画ですよ。何て言ったって、アカデミー賞の作品賞を受賞してるんですからね!!
ちなみに何賞も受賞していませんが(ノミネートは複数)、トニー役を演じたヴィゴ・モーテンセンの主演作品「涙するまで、生きる」も良い映画です。カミュ原作。物語のラストが映画と原作で真逆ということもあり、様々な考察・鑑賞の仕方ができる作品になっています。
こちらの主人公は豪快なトニーとは違って内省的な性格のキャラクターです。映画の雰囲気もガラッと異なり、全体にシリアスで物悲しい色調。でも2つの映画はヴィゴ・モーテンセンが相棒を目的地まで連れて行くロードムービー、という構成はまったく同じだったりするんですよね。
楽しいエンタメ作品を観て映画っていいなと思ったら、次はこんなシリアスなテーマに挑戦してみても。今って本当に色んなテイストの映画作品があるので、きっといつか自分の感性にぴったりハマるものに出会えます。
最後まで読んでいただきありがとうございました♪
コメント