10代の頃に観て、それ以降の私の人生を支えてくれた映画です。
先日、たまたまBOOK・OFFのセールの棚でDVDを発見。アマプラで配信されてる映画とかより全然画質良くないのに、そのちょっと古ぼけた感じの映像が逆に懐かしく、泣けました。
この時代、良い映画いっぱいあったよなぁ…。最近は良質なドラマ系の洋画が少なくなってる気がしますが。それはそれで古い映画の良さが見直されていいかもしれませんね。
私的超絶おすすめですが、たぶん、若い頃に見たほうがいい(笑)
それでは、映画「マイ・フレンド・メモリー」の感想、いきます。
鑑賞のまえに
| 1998年/アメリカ製作 時間:101分 監督:ピーター・チェルソム 出演:キーラン・カルキン、エルデン・ヘンソン、他 |
・アーサー王伝説を絡めた、少年たちの空想全開の世界観。好きな人は大好き、私とか。
・難病の少年が主人公ですが、「あ~、はいはい、子役で泣かせる系ね」って離脱しないで!最後にこの子役(キーラン・カルキン)にだけ泣かされてほしいです。
・挿入歌のスティングもめっちゃいいですよ!明るい歌詞がストレートに刺さる。
感想
「騎士は、自分の値打ちを行動で示すんだ」
タイトルにも書きましたが、この映画はもう主人公の少年ケビンの、この一言に尽きると思います。
10代で出会ったこの言葉が私の行動指針を決定づけ、そうやって走った先に今の自分がいます。
めちゃくちゃかっこいい言葉じゃないですか?
映画の「インセプション」じゃないですけど、シンプルだからこそ、一度頭に浮かんだらずっと離れないような力強いアイデアだと思います。
頭で考えてるだけじゃダメ、口ばっかりでもダメ。
もちろん、生まれや社会的地位や口座の残高でも、人間の価値は決まりません。
今、何をするのか。
その積み重ねの先で、どんな生きざまを残すのか。
自分の値打ちはそうやって証明するのです。
この映画は、それぞれに悩みを抱えた2人の少年が主人公です。
最初に登場するマックスは、体は大きいけれど学習障害を抱えていて、クラスメイトからはいつもからかわれる毎日。何よりも父親が殺人罪で服役中という事情が、祖父母の家で暮らす彼の日々にいつも暗い影を投げかけています。
自分の力ではどうしようもない人生を変えてくれるのは、いつだって人との出会い。
定番ですが、私が一番好きなテーマの一つです。
マックスの人生に現れたのは、隣に引っ越してきたケビンという少年でした。
彼は沢山本を読んでいて非常に頭がいいのですが、難病を患っていて体が曲がり、杖がないと歩くことができません。
そのせいで周りから「怪物」とからかわれますが、同じ状況でもケビンは強い!
不良グループを相手でも一歩も退かず、ぽんぽんと痛烈な言葉で反撃します。何を言われても俯いて耐えるしかなかったマックスは、ケビンのキャラクターにただただ圧倒されます。
「君、非暴力主義か」
「何それ」
「パンチくらっても、じっと我慢。嫌だね、そんな意気地なしは」
このかっこよさ。
いや、映像で観ないと伝わらないかもしれません。何といっても、これを言っているケビンは身体に障害があるのです。足元にボールをぶつけられただけで倒れてしまいますし、人の助けがないとすぐに起き上がることもできません。
でも、退かない、媚びない、顧みない。
やがてマックスは彼と行動を共にする中で、少しずつ彼の強さの秘密を理解するようになります。
ケビンがマックスの勉強を助けるという形で、放課後一緒に過ごすようになった2人。ケビンが読書用にと取り出したのが、愛読書のアーサー王伝説でした。
家柄に関係なく円卓を囲む王と騎士たち。冒険の旅に出て、行く先々で弱き者を助け、強い敵に立ち向かう。
ケビンは、決して自分を“助けられるべき弱き者”とはとらえていません。
自分が何者かを決めるのは自分。あとは、それを行動で証明することだけが必要なのです。
もちろん、ケビンの身体ではそれがなかなか叶わず、彼はもどかしい思いをしていたでしょう。そんなケビンの前に現れたのが、ゴジラみたいな体のマックスでした。
そう、その出会いで人生が変わったのは、ケビンも同じ。2人は一緒にお祭りに出かけた先で力を合わせて不良グループに立ち向かい、ケビンの頭脳とマックスの体、それぞれの強みを活かして勝利します。
やっと騎士になるために必要なもの(マックスという馬。笑)が手に入ったケビンは意気揚々、マックスに一緒に騎士としての冒険の旅に出ようと誘うのです。
最初はその遊びに気乗りしない様子を見せたマックス。
行く先々でケビンと一緒に困っている人を助けることで、それまで極力自分だけの世界に閉じこもっていたマックスは、少しずつ人と関わる喜びを知っていきます。
けれど、そんな彼にあくまでも立ちはだかる、父親が人殺しという事実。
ケビンと騎士ごっこをしているとき、偶然、父親の昔の仲間に出会ったマックスは、必死に忘れようとしていた幼い頃の父親の記憶がフラッシュバックしてきてショックを受けます。
慌ててその場を逃げ出し、一人落ち込むマックスの隣にそっと座るケビン。
そのときケビンは、自分が難病だったために父親に捨てられたことを打ち明け、それでも自分はそんなことは気にしないと断言し、こう言いました。
「騎士は、自分の値打ちを行動で示すんだ」
障害があるとか、父親がろくでなしだとか、他人の目にはそういう部分が先に目につくでしょう。でも、それは本当の自分じゃない。
本当の自分が何者か、誰だってそれを行動で示すことができるという、まさにアーサー王と騎士たちらしい哲学です。
このシーンからの、ケビンが自分自身とマックスの騎士叙任式を行うシーンは、見ている側も荘厳な気持ちになれました。肩車をしてもらった小さな男の子が、あの、剣をゆっくりと両肩に当てる動作。
これこそ語るべき物語、と思えます。
映画のラストがどうなるかは、ぜひ実際に観て確かめてみてください。
この映画は、最後のマックスのセリフこそが何よりも“アーサー王伝説”という感じがします。
私はアーサー王の物語をローズマリ・サトクリフの小説で読みましたが、暗闇の時代の向こうまで届く光、という考えが美しすぎて大好きです。
人間は、行動によって自分の存在を遺せるんですよね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました♪

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