共同体から切り離されて、人はa real painになる~「リアル・ペイン」ネタバレ感想~

ドラマ

キーラン・カルキン演じるベンジーの複雑なキャラクターが、すごく良かったです。

「ソーシャル・ネットワーク」でザッカーバーグを演じたアイゼンバーグが常識人タイプの役で、キーラン演じる破天荒なベンジーとのコンビがいい感じ。映画的になりすぎず、「こういう腐れ縁の2人っているよなぁ」とリアルに感じさせる匙加減がいいと思います。

いつの時代の話してるんだと言われそうですが、私は「マイ・フレンド・メモリー」という映画が好きで好きで好きで…主人公の一人、円卓の騎士に憧れる小さな男の子を演じたのが、キーラン・カルキンでした。あの映画も、もう一人の男の子との友情ものなんですが、どちらもタフな男同士の友情…とは一味違って、何というか、2人の間に感受性の輝きがある感じなんですよね。

いわゆるロード・ムービーらしい盛り上がりはほとんどないですが、もっとじっくり深く味わえる映画です。

というわけで、「リアル・ペイン」のネタバレ感想、いきます。

鑑賞のまえに

2024年製作/アメリカ

時間/90分

監督/ジェシー・アイゼンバーグ

出演/ジェシー・アイゼンバーグ、キーラン・カルキン

・ロードムービーだけどワクワク展開は少なめ。どちらかというと、しっとり魅せるヒューマンドラマです。

・ユダヤ人の若者2人がホロコーストツアーに参加するという設定ですが、過去のホロコーストの問題はフレームの端っこに留まっています。残酷な歴史などが苦手な人でも大丈夫。

・個人的には「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」にテーマが通じるところがあると思います。ぜひ併せて鑑賞してください!

感想

タイトルそのまま、pain=苦痛についての物語です。

ただし、この映画で扱っているのは過去のユダヤ人が感じた苦痛ではなく、現代に生きる人々が感じる苦痛。より正確に言うと、本来は苦痛として感じるべきなのに、現代ではただ「厄介な何か」として扱われている感情についてです。

この映画には、苦痛の正しい感じ方が分からなくなって戸惑う現代人が描かれています。

その点が、ジェイク・ギレンホールが演じた「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」の主人公に重なります。妻が死んで悲しい。悲しいけど、どう悲しんでいいか分からない。悲しみという感情の回路が壊れていて、うまく作動しないエリートビジネスマン。彼は社会に適応するために感情の回路をどこかで断線させてしまった感じでしたが、この「リアル・ペイン」の2人が抱える問題は、もう少し複雑です。

この映画を読み解くヒントは、やはり彼らがユダヤ人であるということでしょう。

ユダヤ人といえば共同体意識が強い民族として知られています。彼らにとって過去のユダヤ人がホロコーストによって受けた苦痛は、今を生きるユダヤ人全体が共有すべきもの…のはずなのですが…

私はこの映画を観たとき、苦痛が「共同体で共有するべき」ではなく、「個人で抱えるべき」になったことで生じた歪みのようなものを感じました。

まず、ベンジーに比べてはるかに社会に適応して上手に生きているように見えるデヴィッドですが、彼は実は日常的に強迫観念に苦しめられており、それを抑えるために薬を服用しています。

そんなデヴィッドの姿はザ・現代人。苦痛とは個々人対処すべき「厄介な問題」であり、会社や家族に迷惑をかけるわけにはいかない。だから薬でごまかすのが最適解です。「悲しむにも、時と場所を選ぶべきだろう!」という彼の主張は、大人だな~とも思いますが、よくよく考えるとちょっと笑えます。時と場所を選んで悲しむって?

案の定、ベンジーに「ホロコーストツアーで悲しまずに、いつ悲しむんだよ」と指摘されてしまうデヴィッド。けれどデヴィッドが言う「時と場所」とは、周りを戸惑わせないように、迷惑をかけないように、一人きりでいるときにひっそりとやるべきという意味なのです。

だって、人前でネガティブな感情を出したりしたら、厄介な奴(real painはこの意味の慣用句)だと思われちゃうじゃないか!

対するベンジーは、まるで少年のように真っすぐで、人前であっても喜びや苦痛を表現したいタイプ。いや、むしろ、人前だからこそ、相手に伝わるようにオーバーに表現しようとするのです。

彼は一等車で豪勢なランチを食べるツアーの面々に、「かつてのユダヤ人たちは、家畜の運搬車に押し込められてこの道を進んだんだ」と言い、その苦痛に寄り添うべきだと主張します。

他人の真の痛みというものに、人はもっと敏感になるべきだというベンジーは、つまるところ、人にもっと自分の痛みに寄り添ってほしいと訴えているのでしょう。

デヴィッドのように社会に上手く適応できないベンジー。彼はある意味で、共同体意識が強い「ユダヤ人らしいユダヤ人」なのかもしれません。自分の苦痛を共同体が受け止めてくれず、個人の問題として淡々と処理しなさいと言われる現代。誰かに分かってほしいのに、人とつながることで苦痛と向き合いたいのに、それが許されない世界でベンジーが頼れるのはドラッグだけです。寂しそうに大麻を吸うベンジーの表情には、胸が締め付けられます。

感情のアップダウンが激しいベンジーは、しばしばガイドやツアー参加者を困惑させます。もっとツアーの中で人とのつながりを大切にしたほうがいいと意見されて、最初は迷惑そうな顔をする英国人ガイド。この瞬間の彼にとって、まさにベンジーはa real pain。けれど、ベンジーとデヴィッドがツアーと別れるとき、ガイドは「本当に有意義な意見をくれたのは、君が初めてだ」と感謝をこめて語ります。他の参加者も、何かとトラブルの種だったベンジーと打ち解けて抱き合い、別れを惜しんでいました。

デヴィッドはその場面を、あらかじめ予見していました。夕食の席で感情的になってしまったベンジーに替わってメンバーに謝罪したデヴィッドは、それでも「あなたたちは皆、きっと彼のことを好きになるはずだ」と言います。デヴィッドはこれまでの経験から知っていたのです。ベンジーは確かに感情をストレートに出し過ぎて、それが空回ったり、疎まれたりもします。けれど、人々はなぜかそんなベンジーに惹きつけられ、一生懸命気を遣って感情を抑えているデヴィッドよりも、ベンジーのほうがはるかに人の記憶に残ります

みんな、多分何となく分かっているのです。本当はベンジーのほうが正しいのだと。あんなふうに全力で自分の感情を表現し、それによって皆で痛みも喜びも分かち合うことができれば、きっと自分たちはもっと幸せになれる。

ただ、直感的にそう思ってはいても、行動に移すのは簡単なことではありません。感情を受け止めてくれる共同体があればいいのですが、共同体から切り離された個の存在が「僕が苦しんでいることに誰か気づいてよ!」と闇雲に訴えようものなら、それはa real painという異質な存在になってしまいます

「苦痛は個人の問題」という考えが当たり前の現代、他者の苦しみを一緒に感じたいと思ったとしても、みんなどう感じればいいのかも分からないのです。

喜びなどのポジティブな感情なら、まだ分かち合えます。ベンジーがツアーの序盤の写真撮影でみんなを盛り上げることができたのが象徴的です。みんな、ベンジーの「一緒に楽しもう!」という誘いにはのることができます。けれど、「一緒に苦痛を感じよう」と誘われても、それはどうすればいいのか分からない。だって苦痛はとても個人的なもので、人前で見せるべきものではないと思っているのですから。

結果として、ベンジーの苦しみは集団の中で見て見ぬふりをされ、「みんな楽しいときは一緒にいてくれるけど、僕が苦しんでいるときには離れてしまう」という孤独な思いがどうしようもなく彼の心を蝕んでいきます。

ベンジーが自殺を図った過去について語り、デヴィッドはこう言いました。

「何で彼がそんなことを、と憤りを感じるんだ。だって僕たちは過去の人たちと違って、とても恵まれた立場にいるのに

もちろんベンジーやデヴィッドの世代は、迫害されることなく平和に暮らせるという意味で非常に恵まれています。ですが、命の危険がないからといって、幸せとは限らないでしょう。空港で一人座るベンジーは、大勢の人の中にいながら誰とも感情的につながっていないという状態を嚙みしめ、絶望しているようにも見えました。

一方、人を魅了する力を持ったベンジーに対して憧れと憎しみの複雑な感情を抱くデヴィッドでしたが、家に帰ると妻と子どもが温かく出迎えてくれます。人との感情の共有が難しいこの社会に、薬を飲んでまで必死に適応しているデヴィッド。彼のほうが、結果として人とつながる幸せを手にしているというのは皮肉な話です。

現代の社会では、苦痛を自分の内面だけで処理できない人間はa real pain。そのレッテルによって仕事や恋愛でも不利な立場に置かれ、ますます孤独に陥っていきます。だからみんな一生懸命適応しようとする。それこそ「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」の主人公のように。そしていつしか妻が死んだときですら苦痛の表現の仕方が分からなくなってしまうか、そうなれなければベンジーのように少しずつ壊れていくのでしょう。

本来は「真の痛み」という重々しい意味の言葉が、「厄介もの」と揶揄するような使われ方をしていることこそ、現代の社会の歪みをよく表している気がしました。

なぜ、迫害も知らない、恵まれているはずの現代の若者が、自ら死を選ぼうとするのか。それを単なる弱さやワガママとして切り捨てないでほしい。この映画のラストシーン、底の知れない悲しみをたたえたベンジーの目が、そう訴えています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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