「死」との付き合い方が問われる~「イニシェリン島の精霊」ネタバレ感想~

サスペンス

面白かったですね~。中高年のオッサン2人が喧嘩するだけの話なんですけど、2時間くらい観てても全然長さを感じなかったし、何ならもっと観ていたかったです。

コリン・ファレルとブレンダン・グリーソン、演技うますぎ。この映画のストーリーは、主役2人のキャラクターに説得力がないとかなり無理があると思うんですが、名優コンビのおかげでグイグイ入り込んでいけました。

こういう人間ドラマを、もっと映画で観たいんだよ。

さすが「スリービルボード」の監督さんですね。最高。

アクションエンタメ映画をステーキとするなら、まさに鮟肝的な、グルメな人にこそ刺さる味です。

小さな島の大自然と人々の素朴な暮らしの風景も美しく、地味なストーリーをしっかり画作りで盛り上げてくれています。心にゆとりがあるときに、ぜひじっくり観てみてください。

というわけで、「イニシェリン島の精霊」ネタバレ感想、いきます。

鑑賞のまえに

2022年製作/イギリス

時間:114分

監督:マーティン・マクドナー

出演:コリン・ファレル、ブレンダン・グリーソン、他

・濃厚な人間ドラマ+けっこう哲学してます、「生き方」について色々考えさせられます

・主演のベテラン俳優2人の迫力がすごい!切り落とした自分の指を投げつけるシーンとかありますけど、心して観てください

・美しい自然の風景にアイルランドの妖精らしき存在も出てきて、幻想的雰囲気も楽しめます

感想

いつもの顔ぶれがいつも通りの暮らしを送る、小さな島。

すぐ近くの本土が内戦の真っただ中で煙を上げているのを横目に、島では何の変化もない穏やかな日々が続いている。

そんなある日、一人の男が友人に絶縁を言い渡すという小さな事件をきっかけとして、島の人々の平和は徐々に脅かされていく。

…って書くと、いかにもな田舎町のスリラー感がありますけど、この映画にはヒロインが斧を持った男に追いかけられて叫んだりとか、何人もが殺し合ったりとか、そういう騒がしさはありません。「死」は常に静かに人々の側に佇み、ただ背後からその影を投げかけるだけです。

邦題で「精霊」と訳されているのは、アイルランドで昔から死を告げる妖精として語り継がれるバンシーのこと。映画の中には、その正体がバンシーと思われる不思議な老女も登場して、その後の「死」の展開を暗示する役割を果たしています。彼女の存在は、穏やかに暮らす島の人々も、実際には常に「死」がすぐ側にいるということを表しているのでしょう。

物語の発端となるのは、コルムという老人が「死」を意識したときに憑りつかれた、一つの考えです。それは「残りの限られた人生を、もっと有意義に生きたい。愚鈍な友人のお喋りなんかに付き合う時間はない。俺は音楽に身を捧げて、自分が死んだ後も残るような曲を作ることに集中したい」ということ。

まぁ、平たく言えば、中年の危機ならぬ「老年の危機」ですね。

言い分自体は分からなくもないのですが、この男・コルムの取った行動はかなり極端なものでした。

何の前触れもなく、ある日いきなり長年の飲み友達であるパードリックを避けるようになり、うろたえたパードリックが「俺が何かしたか?」と尋ねると、「何もしていない。ただお前のくだらない話をこれ以上聞きたくないだけだ」と答えるのです。

…いや、お前、何様やねん。

と、思ってしまうのは私だけでしょうか?芸術やスポーツやビジネスで際立った存在となる人物にはこういうタイプも多いかもしれませんけど、何十年もド田舎で毎日酒ばっかり飲んでくすぶってたジジイがですよ?ある日突然「モーツァルトに、俺はなる!」とか言い出して友達に絶交宣言するなんて、どう考えても頭おかしいでしょう。

なんか、「どけよ、俺には時間がないんだ」っていうブルーロックの雪宮みたいなこと語ってますけど、今まで散々その時間をドブに捨ててきて、六十過ぎたジジイになってから焦りだすって…

挙句の果てに、「これ以上お前が俺に話しかけたら、俺は自分の指を一本ずつ切り落とす」と宣言します。村の人々は「すごい覚悟だ…」みたいに雰囲気に吞まれてましたけど、私にはメンヘラおじいちゃんにしか見えなかったですね。まぁ、実際その後に指を切り落としたりしてるので、ただの口だけ構ってちゃんではないのでしょうが。

コルムをこんな言動に走らせたのは、「人生には『死』という終わりがあること」を強く意識したからです。

いつか死ぬとしたら、今自分が本当に何をしたいのか。「死」と向き合って、自分の「生」のあり方を考えるというのは普遍的なテーマですが、実は本作「イニシェリン島の精霊」は、このテーマをよくある感動ヒューマンドラマとは違った切り口で、徹底的に解剖している映画なのです。

色んな見方があると思いますが、私はこの作品に出てくる4人の登場人物が、「死との向き合い方」の異なる4パターンを体現しているように見えました。

まず主役の2人。コルムとパードリックは、私から見るとこんな感じ。

①コルム:死が近づいてきたことで、直視せざるを得なくなって焦っている。「死」に完全に支配されている人間。

②パードリック:いつか死ぬことは分かっているが、できるだけそのことは考えたくない。「死」から逃げ回っている人間。

死を意識したことで音楽家としての生き方に目覚めたコルムは、一見したところはパードリックよりは知的で感受性が強いように見えます。ですが、先ほども言ったとおり、彼は何十年も大して何もせずに酒ばっかり飲んでいた人間です。そんな彼が老年になってから音楽に没頭したとして、それがパードリックを馬鹿にできるほどの立派な生き方なのでしょうか?

何の落ち度もない長年の友人を切り捨てたり、自分の指を次々と切り落としていったり、その言動は正常なバランス感覚を欠いているとしかいいようがありません。さっき私はコルムをボロクソにけなしてしまいましたけど、彼はただ死の恐怖によって自分の人生も人格も支配されてしまったというだけのことなのでしょう。

実際、「時間がもったいないから、作曲しなきゃ!」と言いつつ、彼が今でもパードリックに友情を感じているらしいのは、いくつものシーンで読み取れます。

警官に殴られているパードリックを無言のまま助けたり、本音をぶつけあって喧嘩した後に「今までで一番楽しかった」と言ってみたり…いや、それなら仲直りすればいいじゃんと思うのですが、コルムの頭の中には常に「死への恐怖」があり、こうなるとほとんど薬物やアルコールへの依存症と同じ状態です。自分の意志ではどうしようもないのです。

対するパードリックはちょっと知性には欠けるものの、素朴で変化のない暮らしを好む、気持ちのいい人間です。困った人を見捨てられない一面もあり、すごく「いい人」に見えます

ただし、じゃあパードリックが体現しているのが理想的な生き方なのかと言えば、さにあらず。パードリックの「いい人ぶり」は、死の恐怖を意識的に遠ざけることで、今だけは心にゆとりがあるからなんですね。(実際、パードリックがコルムの音楽仲間に悪意をもって嘘を教えたとき、友達のドミニクは「いい人だと思ってたけど、あんたも他のやつと同じだ」と看破していました)

昨日と同じ今日が来て、明日以降もそうやって永遠に続いていくんだと自分に暗示をかけているかぎり、パードリックはのんきな「いい人」でいられます。

こういうタイプは、外からの刺激でその暗示が解けそうになると、一気にガタガタ崩れていくのが怖い。パードリックにとっては、それが自分の大切にしていたロバの死だったのでしょう。

単なる事故ではありましたが、コルムの切り落とした指を口にしたロバが死んでしまい、パードリックは豹変します。コルムとはまた違う形で、避けていた「死」を突き付けられたことで、パードリックもバランス感覚を失って、コルムの家に火をつけるという常軌を逸した行動に駆られていくのです。

コルムは家を燃やされてもパードリックを責めることなく、「これでお互い様にしよう」と言います。しかしパードリックは「俺のロバは死んだのに、お前は生きている。全然お互い様じゃない」と吐き捨て、この争いがどちらかが死ぬまで続くと匂わせます。

死というものを知りつつも、それを遠ざけることで楽天家を装っていたパードリック。ひとたび死に打ちのめされると衝撃は大きく、コルムの「恐怖や焦り」と違って、「憎しみ」という形で彼もまた死に支配されてしまいました

死を見て見ぬふりする生き方の脆さが、そこにはよく表れています。パードリックがあくまでも上っ面だけの楽天家であることを強調するように対比されているのが、村で一番の馬鹿と言われているドミニクの存在です。

③ドミニク:死がどういうものか、よく分かっていない。死からくる恐怖や憎しみには支配されない人間。

ドミニクは、登場シーンで先端に鉤のようなものがついた長い棒を振り回し、「これ何に使うのかな?」とパードリックに聞いていますが、その道具は水に落ちた死体を引き上げるときに使われるもの。このささやかなシーンは、彼が死を理解していないということを象徴するシーンだったのでしょう。

そんなドミニクも、映画の終盤で自身が死体となって、その道具によって水から引き上げられることになってしまいますが、彼は死ぬまで「いい奴」でした。生きた姿での最後の登場は、彼がパードリックの妹・シボーンに「当たって砕けろ」と告白するシーン。ドミニクのおバカっぷりにイライラしていたシボーンも、思わず顔をほころばせる(でもちゃんと玉砕する)微笑ましいシーンでした。

何でこの映画の中でドミニクが死ななくてはならなかったのかをずっと考えていたのですが、おそらくは彼の人生の終わりまできっちり描くことで、パードリックと違って、ドミニクは最後までいい奴だったと強調したかったのかなと。

ただ、普通の人間はドミニクのようには生きられません。若いうちは見て見ぬふりで逃げ回り、年をとって逃げきれなくなると、死に捕まえられて支配される。パードリックからのコルムというのが、普通の人間の王道コースでしょう。悲しすぎる…。

そこで、ただ一つの希望の光となるのが、パードリックの妹・シボーンの生き方です。シボーンは映画の序盤で、バンシーと思われる老女・マコーミックを招いてもてなしていました。つまり「死」を自分の家に入れ、客人として対等に付き合っていたのです。

パードリックはシボーンに対して、「お前はずっと彼女を避けてただろ?」と指摘していました。どんな意味があるのか一見したところ謎のやり取りですが、これは「シボーンはずっと死について考えないようにしてきたけれど、今はしっかりと向き合うことにした」というのを暗示していたのではないでしょうか?

コルムとパードリックの争いがエスカレートしていく一方、シボーンは本土での図書館員の仕事に応募し、内定を得ていました。「死」を意識したことで本当に自分がやりたいことのほうを向くのはコルムと同じ(コルムもシボーンに『あんたなら分かるはず』的なことを言っています)ですが、シボーンはコルムのように焦りや恐怖でバランス感覚を欠いてはいません

④シボーン:死と向き合いつつ、自分が生きているうちにやりたいことを冷静かつ計画的に実行する。生の有限性を自分の力にする人間。

それはシボーンがコルムと違ってまだ若く、現実的に何かを成せる時間を十分持っていることも大きいでしょう。そしてパードリックと違って本をよく読み、死という概念とどう向き合うべきかを深く思索できる知性もあります。彼女は自分の夢を追いながらも、兄のことも大切にしています。人生において、芸術や仕事も大切ですが、家族や友人との絆もまた代替不可能なかけがえないものと理解しているのです。

パードリックとコルムとの争いが激化したことで家を出ることを決意しますが、シボーンは本土に渡ってからも兄に手紙を書いて気にかけていました。シボーンはドミニクと違って自分がいつか死ぬと正しく理解していて(実際に彼女が渡った本土は内戦真っ只中で、島よりもはるかに危険な場所です)、それでもなお他者を切り捨てない「いい人」であり続けます。

コルムは「優しさなんて死んだあとには残らない。死んだ後もずっと残る音楽のほうがよっぽど重要だ」と主張します。確かに、心揺さぶる芸術・スポーツの偉業・社会に大きな影響を与える仕事の魅力は、「自分の死後もずっと残ること」でしょう。死後に何も残せないのは怖い、ただ消えていくのは嫌だという思いに駆られて、人は必死にこれらのものに打ち込み、ときには家族・恋人・友人をも邪魔なものとして切り捨てようとします。

…でも、それって本当に、本人にとってそれだけの価値があることなんですかね。

モーツァルトもゴッホもエジソンも、死後何百年も人々の記憶に残り続けていますが、本人たちはそれを知ることはないですよね。もう死んでるし。もちろん、生きている私たちは彼らのおかげで豊かな時間を過ごすことができているので感謝ですが、感謝されてるかどうかも本人たちは分からないですよね、もう死んでるし。ゴッホとかたぶん、自分が世界一有名な画家になるなんて想像もできなかったんじゃないでしょうか?

必死に何かに打ち込んでも、それが死後何百年も残るかどうかは正直、世の流れ次第。自分の努力じゃどうしようもない時の運…だったりします。

それでも音楽や絵や仕事に打ち込んでいること自体が幸せならもちろんいいと思うんですが…コルムみたいに本当は仲良くしたい友人まで切り捨てて「死ぬのが怖いから音楽やらなきゃ!」って強迫観念みたいになってるのは、何か違う。

優しさは残らない、音楽は残る。でもモーツァルトだって、極端な話をすると太陽が爆発した後には残らないんです。この世界にはどのみち永遠なんて存在しません。違いは「自分の死後」しばらく残るかどうかっていうくらい。つまりコルムは「自分の死」という一点に囚われすぎているんですよね。

死は絶対的で、あまりにも大きな出来事です。だからこそ人はときに、コルムやパードリックのように死に支配されて自分の生を食いつぶされてしまいます。私たちは死から目を背けてもいけないし、死に支配されてもいけない。「死」があるから「生」には限りがあると理解しつつ、それでも、その限りある「生」の勇敢で聡明な指揮官であり続けなくてはならないのです。善き「生」を生きるために。

死との向き合い方は人によって違うと思いますが、この「イニシェリン島の精霊」を観れば、コルムやパードリックの生き方を見て「こうならないために今何をしよう」という気づきが得られるんじゃないでしょうか。

たぶん何回も鑑賞してもなかなか飽きることはない類の映画だと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました♪

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